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255話

 交戦から数時間ほどが経過して、静まり返ったゾーリア商業区に――軍服姿の少女が一人。

 その目元は布で隠れていて表情は窺えない。


 戦闘の痕跡を前にして、ただ黙って立ち尽くす他ない。

 一帯は酷い有り様だった。


 まるでエーテル公害でも起きたかのような惨状だが、異常な数値を発しているわけでもない。

 ただ一人の魔女によって世界そのものが攻撃を受けたのだ。


「……局長」


 塞がりかけた空間の亀裂は、徐々にラプラスシステムによって復旧作業が行われている。

 テロメアはその奥に呑み込まれているわけではない。

 彼女の居た空間を馬鹿げた魔力で粉砕し、消し去ってしまったのだ。


 法の手が及ばないゾーリア商業区とはいえ、これほど大規模な魔法が行使されたらラプラスシステムによって観測可能だ。

 だからといって、何か対処法を見出だせるわけでもなく。


 少女はそのまま歩き回って、周囲を調査する。

 この場には、まだ拾えるものが残っている。


「プロト」


 血溜まりに転がっている少女に声を掛ける。

 つい先程、頭と胴体が分かたれていたはずだったが、既に再生が進み一糸纒わぬ姿で横になっていた。


 トドメを刺さずに見逃されたらしい。

 殺すほどの価値がないと思われたのか、あるいは他に理由があるのか。

 確かに、テロメアと比べれば彼女は数段落ちるだろう。


 しばらくすれば目を覚ますだろう。

 裏懺悔について少しでも情報を得られるといいが……と、淡い期待を抱きつつ瞑目する。


「……」


 誰も太刀打ちできない。

 軍務局の戦力を結集させたところで通用しない。

 様々な組織が思惑を持って駆け引きをしている中で、時折現れては災害のように掻き乱していく魔女――裏懺悔。


 考えても仕方がない。

 既にテロメアは敗北し、野望は潰えている。


 軍服姿の少女は、眠っているプロトを抱き上げてその場を後にする。


 まだ使える駒が残っている。

 唯一と言える対抗手段――どこまで通用するかは不明だが、ラプラスシステムの完成を急ぐしかない。


 彼女の名はディーナ。

 軍務局長の右腕として指揮を執る、魔女でも魔物でもない"何か"の一人だ。



   ◆◇◆◇◆



「……」


 裏懺悔による戦闘の痕跡を観測。

 エーテルの流動を数値化して、その場で何が起きていたのか詳細にデータとして纏めていく。


 映像資料もある。

 ゾーリア商業区に設置されている、故障して半ば放棄された監視カメラ群。

 その中に機能するものを忍ばせていたおかげで、どのような魔法が行使されたのか視覚的な情報も得られた。


「素晴らしい」


 純粋な感想を述べる。

 思考を放棄して眺めていると、そんな純粋な驚きが溢れた。


 いったい何を考えて行動しているのか。

 そもそもどのようにして生まれたのか、その素性は一切明らかになっていない。


 彼女に執着するように目を見開いて、フォンド博士は映像を何度も繰り返し再生していた。


「あの軍務局長でさえ勝負にならなかったか」


 まるで勝負になっていない。

 羽虫を払うよりも更に容易な様子だ。

 おそらく何百回、何千回……条件を変えながら何万回と繰り返したところで勝敗は変わらないだろう。


 戦慄級『裏懺悔』――世界に存在してはならない異物。

 何よりも好奇心を唆る未知の塊。

 既存の魔女とは比べ物にならないほどの魔力を有していて、かといって何らかの変異を起こしているわけでもない。


 魔女は体にエーテルを宿している。

 操る力を魔力とし、発現する事象を魔法とし、許容可能なエーテル量等も踏まえて対象の脅威度を数値化したものがPCMピーシーエム――災害等級を割り当てる際に参照されるデータとなる。


 この世界で唯一、裏懺悔だけは計測することが不可能だった。

 現代における科学・煌学技術では解明できない。

 都市伝説だなんだと思考を捨てた方が楽になれるような、そんな理解不能な生き物だ。


 そんな未知を前にして、彼ほどの狂人が興味を抱かないはずがなかった。


「……ふむ」


 デスクに乱雑に並べられた資料に視線を落とす。

 そこには機動予備隊に所属する人造魔女ハクア――実験体番号0113Δワンサーティーデルタの戦闘データが記されていた。


 輸送中継所における交戦記録。

 その内容はそれなりに興味が惹かれるものだったが、あくまで『創造の右腕』という遺物ありきのデータでしかない。

 人数を揃え、対戦慄級を想定した高度な陣形を組んでいたにも関わらず――結果は惨敗といっていいものだった。


 カラギの介入がなければ全滅していた可能性が極めて高い。

 それだけ標的の魔女――クロガネが腕を上げているということなのだろう。


 個人としてだけでなく、手勢を揃えて特権階級に挑もうとしている。

 統一政府カリギュラの現行の体制を崩すという意味ではフォンド博士にとっても都合の良い話だった。


 既に"仕掛け"は済ませてある。

 計画を阻む者は誰もいない。

 煩わしい軍務局長が消えた今、各組織のパワーバランスは大きく崩れている。


「……だが」 


 まだその時ではない。

 この好機を虎視眈々と狙ってきた人物が動き出そうとしている。

 さらなる混乱を呼び寄せるであろう戦いが始まる。


 己の筋書き通りに導くために――。


「存分に健闘してくれたまえ、長官殿」


 機動予備隊の資料を眺めながら。

 秘匿された研究室で一人、嗤っていた。

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