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252話

 まだ手札は多く残されている。

 アンデッドを使役することで屍姫の戦術は無限に広がる。


 だが、相手は推定でも戦慄級相当の力量を持つ。

 戦力を総動員して迎え撃つしかないが、今後のことを考えるとストックを減らしてしまうことも避けたい。

 何より、今はその時ではないと直感的に理解していた。


「……致し方ありません」


 最優先事項はクロガネから命じられた仕事を遂行すること。

 多少のデメリットには目を瞑ってでも、目の前の脅威を排除すべきだ。


「『冥拳』――」


 発動しようとして、ふと気付く。

 一帯のエーテルが酷く淀んでいることに。


 つい先程まで異常は感じられなかった。

 目の前の少女が何かをしたわけでもない。


 もし、これが勘違いでないとすれば――。


「――対象を確認した」


 もう一人、軍服を纏った女性が現れる。

 エーテルの淀みがなければ気配に一切気付けなかった。


「なんで来たのー?」

「貴様は遊びすぎだ、プロト」


 女性は三叉の尾を持つ少女――プロトを睨む。

 その様子から、おそらく彼女の方が上の立場のようだ。


「新手ですか」


 屍姫は最大限の警戒を以て敵を見定める。


 少女と同様の無機質な灰色の肌に、爛々と光る蒼い目。

 違いを挙げるとするならば、彼女はより知性的で――。


「手早く済ませるとしよう」


――その身に宿る、途方もないエーテルの扱い方を知っている。


 そんな恐ろしい予感は、当然の如く的中してしまう。

 軍服姿の女性が徐ろに手を持ち上げたかと思えば、凄まじい量のエーテルが集束し始めた。


 原理も効果も不明。

 全てが理解を超えている。

 手に集めたエーテルを放出して、いったいどのような魔法を行使するのか。


 なぜ軍務局が……と、疑問を抱いても答えに辿り着けるほどの猶予は無い。

 目の前の二人の所属も能力も不明だ。


 逃走の隙は一切ない。

 最初の少女一人だけならまだしも、新手の女性は明らかに場馴れしている。

 格上だとして、どこまでの力を持っているのか想像も付かない。


「……ルークッ!」


 魔力を込めて呼び掛ける。

 四肢は潰されたが未だパスは繋がっている。


 無理やり魔力を流して補強し、自分を庇うように前に立たせた。

 まだ全く足りていない。

 あの攻撃を防ぐには到底足りない。


「――『記界ノ理セクタ・フィル・イン』」


 目の前の空間が歪む。

 吸い寄せられるようなエーテルの流れに抵抗するように、屍姫はルークに自分の体を蹴り飛ばさせる。


「ッ――!?」


 ルークの体が弾け飛び、捩じ切れ――消滅する。

 空間ごと書き換えるような強引な干渉。

 エーテルによって引き起こされる現象は不可解なものばかりだが、目の前で起きたそれは特に異質だ。


「ほう……どうやら能無しではないようだ」


 躱されたことに驚きもせず、ぽつりと感想を呟くだけ。

 どうやら眼下の魔女よりも遥かに優れている存在であると自認しているらしい。

 小動物でも眺めるかのような目付きをしている。


 主要な駒の一つを失ってしまったのは痛かったが、あの一撃を耐え凌げるなら十分すぎるほどだ。

 そんな安堵を見透かすように、間髪入れずに再び空間が歪み始める。


 あれほどの魔法を何度でも行使可能なのだと――そう気付いた時にはエーテルの流れに吸い寄せられ、身動きが取れない。


「死を司る魔女、大罪級『屍姫』……か」


 周囲のエーテルが揺らめいて、屍姫の体を撫でる。

 何かを調べるかのような動きだ。

 抵抗しようにも、どれだけ反魔力に意識を注ぎ込んでも意味を成さない。


 手を翳すだけで無力化されてしまう。

 不甲斐なさに歯を軋らせるが、かといって今すぐに何かできるわけでもない。


 徐ろにプロトが近付いてきて、目の前でしゃがみ込む。

 そして、屍姫の顔を覗き込むようにじっと見つめてきた。


「っ……」


 エーテルで弄られている姿を楽しんでいるようだ。

 無邪気に目を光らせて、笑みを浮かべている。


「テロメア、どう?」


 プロトが尋ねる。

 どうやらもう片方はテロメアという名前らしい。


「期待していたものではなかったが、素材は悪くない。持ち帰るとしよう」


 何のために――と、尋ねるだけ無意味だろう。

 今すべきことはエーテルによる拘束から逃れることだが、どれだけ力を込めてもびくともしない。


 もし逃れられたとしても、目の前で覗き込んでいるプロトが動き出すかもしれない。

 彼女だけでなくテロメアも未だ手の内をほとんど明かしていない。


「――『転界ノ理セクタ・リプレース』」

 

 不快な酩酊感を伴う空間の捻れが生じる。

 そして、微かにひんやりとした感覚。

 視界にどこか別の場所――凍て付いたエーテルに包まれたサーバー室のような空間が見えて、


「――『破壊』」


 直後に視界が元の倉庫置き場に引き戻される。

 激しい銃声と、金属がぶつかり合うような鈍い音が響いていた。


 エーテルの歪みから解放されて体がよろめく。

 ほんの一瞬だというのに、凍えるようなエーテルに触れたことで酷く消耗していた。

 それでも主の前で醜態をさらすわけにはいかない。


「……まだ戦えます」

「そう」


 クロガネは一言だけ返す。

 そして銃を構えて、視線の先にいる"得体の知れない何か"を警戒する。


 魔女でも魔物でもない。

 どちらの性質も併せ持っているようで、どちらに属しているというわけでもない。

 だが少なくとも、彼女たちが味方でないことは確かだ。


 アグニから聞いた話が確かなら――。


「軍務局長……テロメア・レネア・レウ」

「私の名を知っているのか」


 テロメアは自然体のままこちらを見ている。

 先ほど魔法を打ち消したが、特に反動リバウンドに苛まれている様子はない。

 その表情には余裕が窺える。


「ペットの散歩なら他所でやってくれる?」


 ここは自分の縄張りだと、警告するように殺気を放つ。

 侮辱されたことに苛立ったプロトが三叉の尾を伸ばして同時に突き出してくるが――。


「上級-刀型対魔武器『 死渦 ( しか )』……起動」


 刀身が淡く光を帯びた対魔武器。

 最小限の動きで全てを弾き、魔力を込めて一閃。


「あーっ!」


 硬質な先端部分が全て切り落とされてプロトが声を上げる。

 だが痛覚は無いらしく、単純に驚いて声を上げただけのように見えた。


 切断された尾の断面を見つめて「なんで?」と呟き続けながら首を傾げている。

 特に出血らしいものは確認できない。

 そもそも伸縮自在な尾の時点でどのような構造をしているのか不明だ。


「……」


 だが、その傷は十秒もかからずに癒えて硬質な穂先が再生した。

 ある程度の予想はしていたが、まさかここまで早いとは……と舌打つ。


 首を落とせば殺せるだろうか。

 右手に『死渦しか』、左手に改造銃を構えて敵を見据えつつ――『解析』を発動する。


――脳内に不明な記号の羅列が浮かぶ。


 文字化けした情報が大量に流れ込んできて、クロガネは即座に魔法を解除する。

 目の前の二人はまともな存在ではない――バグでも起きているかのような不安定な状態だ。


 様々な実験によって変異した魔女――結因と同じ原理で生まれたのかもしれない。

 生命としては一段階上の存在のようにも見えるが、プロトのように知性が失われるケースも多いのだろう。

 少なくとも、これまでクロガネが見てきた二体は意思疎通が不可能だった。


 あれこれ推測を並べても、何か対処法が見えるわけではない。

 特にテロメアに関しては全く底が見えない。

 奈落を覗き込んだところで今持っている物差しでは測りようがなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロガネ様かっこいい!!
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