251話
突如現れた軍服姿の少女が鉄塔から見下ろしている。
爛々と光る蒼眼が獲物を探すように左右に動いている。
「あーあ」
つまらなさそうに呟く。
デンズファミリーの構成員たちは何秒と持たずに全滅していた。
後に残ったものは大量の亡骸だけ。
どれだけ大層な夢を抱いても、死ねばそこまでの人生だ。
足掻いても足掻いても理不尽に踏み躙られる。
三等市民に人権はない。
特別な許可も必要とせず、こうしてあっさりと命を奪われてしまう。
そんな哀れな者たちに感傷を抱くこともなく、この場を見下ろしている者がもう一人。
軍服姿の少女はその人物に視線を向ける。
「見つけた」
三叉の尾を同時に伸ばして攻撃を仕掛ける。
尖端には鋭く硬質な外皮があり、射出速度から鉄板さえ容易く貫きそうな様子だ。
「――『冥拳』」
艷やかな白髪を揺らして、屍姫が全ての尾を受け流す。
手に紫色のエーテルを纏わせて強化すれば、この程度の攻撃は問題なく対処できる。
「これはクロガネ様が用意した筋書き――部外者が乱して良い場所ではありません」
デンズファミリーの一件に、ケリー自らの手で決着を付ける。
多少の干渉はしたが、組織構成員を一纏めにしてロシオを追い詰めたのは彼女の力量によるものだ。
本来なら、このままカラミティの傘下に収まる予定だった。
「んー、わからない」
難しい話は無意味だ。
目の前の少女は、存在としては魔物に近しい。
人語を解する知性が残っているだけマシな方だろう。
「この意味を理解するまでもなく――散りなさい」
再び銃声が上がる。
先ほど全滅したはずのデンズファミリーが、起き上がって攻撃を仕掛けていた。
予想外の場所から不意を突かれ、軍服姿の少女は銃弾の雨を躱すことができない。
対魔武器による集中攻撃を浴びて――。
「あはっ、あはははははっ――」
愉快そうに嗤っていた。
等級不足で傷は浅いとはいえ、対魔弾は確かに損傷を与えている。
だが、まるで意に介していない。
直後に三叉の尾が揺らめき――凄まじい速度で使役されたアンデッドたちを穿っていった。
今度は蘇らせることができないように。
入念に、執念深く、狂ったようにバラバラに解体してしまう。
「ねーえ、次はどうする?」
気付けば少女に与えたはずの傷が全て癒えている。
途方もない生命力を有しているのだろう。
以前クロガネが遭遇した同種の"何か"も、仕留めない限り傷がすぐに修復されていた。
相手は遊び半分で戦っている。
まだ実力のほんの一部しか見せていないだろう。
「なら……こうしましょうか」
それは屍姫も同じことだ。
まだ全力で仕留めにかかっているわけではない。
正体不明の"何か"――少なくとも、それが本当に軍務局に所属していることを知っている。
情報を引き出すべきだろう。
最終的に殺すことには変わりないが、その過程も重要だ。
「――ルーク、ビショップ」
屍姫が命じると同時に、二体のアンデッドが傍らに召喚される。
片方は三メートルはあろうかという体躯を誇る人型の魔物――"ルーク"の称号を与えた駒。
大罪級相当の頑強な肉体を持ち、その拳はアスファルトを容易に叩き割る。
もう片方は背丈の低い少女――"ビショップ"の称号を与えた駒。
大罪級相当の強大な魔力を持ち、その手を翳せば無数の光弾が生み出される。
「愚者に、身の程というものを教えてあげなさい」
ビショップが軍服姿の少女に向けて魔法を放つ。
三叉の尾で全ての光弾を正確に打ち払うが、その隙にルークが距離を詰めて鉄塔の根本に辿り着く。
「ん~っ?」
両腕を大きく広げ、鉄塔の脚部を抱え込み――無理やり圧し折って少女を地面に引き摺り降ろす。
接近戦に持ち込んでしまえば長い尻尾も振り回せない。
そう考えて、抑え込むようにルークに命じる。
「あははっ――」
落下しても体勢を整えることもせず、少女は嗤いながら尾を揺らす。
そのまま抵抗もせず、ルークに捕らえられた。
両腕で抱き締めるように、そのまま万力のように押し潰すように。
逃げ場を失っているというのに何もしようとしない。
常人なら胴体が破裂するほどの力が込められているというのに、まるで意に介していない。
「――ダメだよ?」
そう言って、少女はルークの拘束を力任せに外してしまう。
大罪級相当の腕力を容易に除けてしまうほどの力があるとは思えないが、現にこうして拘束から逃れている。
それだけではない。
少女はそのままルークを腕力で捩じ伏せ、四肢を潰して行動不能にしてしまう。
直後に三叉の尾が揺らめき、瞬時にビショップも餌食となってしまった。
「ダメ、ダメだよ? ダメだって――ねえ、ダメだよね?」
歪な笑みを浮かべて目を光らせる。
壊れたラジオのように何度も繰り返しながら首を傾げていた。
先程よりも理性が失われているように見えた。
ピクピクと表情筋を引き攣らせながら、だらりと腕を垂らした低い前傾姿勢でこちらを見据えている。
やはり会話が成り立つような相手ではない。
なぜこんな化け物がデンズファミリー内部の諍いに干渉してきたのか、それを聞き出す余裕もない。
屍姫は再び手に魔力を纏わせる。
これを野放しにしてしまうとゾーリア商業区が危険だ。