250話
「――ウチは実力主義なの。結果を出せるなら出自は問わないわ」
ワイングラスを揺らしながら、目の前で跪く男を見定める。
経歴不詳、衣服も薄汚れて見るに堪えない労働者。
体格は良いが三等市民の労働者なら珍しくもない。
今の時代ならどこにでも転がっているようなただの石ころだ。
だが、理知的な――しかし強い野心を宿した目付きが印象に残る。
シンジケートに縋るような弱さは無く、成り上がろうという気概を感じられる。
ケリーがロシオを拾ったのは、デンズファミリーがまだ弱小組織とされる頃だった。
徹底的な武闘派で、しかし交渉術にも長けている。
言葉と銃を使い分けて稼業の販路を拡大させ、次第に組織は周辺に大きな影響力を持つようになっていった。
拡大していく組織規模はプレッシャーになり、ケリーを苛む要因となりつつあった。
このまま好き放題やっていたら魔法省に目を付けられてしまうのでは。
自分に不相応な規模に膨らんでしまったのではと。
いっそロシオに全てを委ねてしまえば……と、そう考えてしまうことも幾度とあった。
彼には自分にはないカリスマ性がある。
部下からの信頼も厚く、指導者としての才覚を持ち合わせていた。
「ボス、ゾーリア商業区を掌握しましょう」
彼は成果を上げ続けている。
この提案も入念にプランを練った上での判断なのだろう。
言う通りにするだけで、組織は更に拡大していくはずだと――。
◆◇◆◇◆
「欲を出したわね、ロシオ」
銃声が鳴り止み、静寂が訪れる。
コンテナ倉庫に転がる男を気にする者など彼女くらいだろう。
「っ……、クソッ」
まだ息はある。
治療すれば助かるが、放置すれば命はない。
「いつから気付いていた?」
自分の裏切りに。
ロシオにとってケリーの存在は"都合の良い置物"でしかない。
彼が活躍できる場を提供してくれるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「あんたが議員から接触を受けた日から」
「……そうか」
どこから情報が漏れたのか見当も付かない。
彼の派閥内に裏切り者がいたのか、あるいは初めから信用されず監視されていたのか。
「クソッ……こんなもんか」
自分の人生など。
掃いて捨てられるだけの三等市民。
それでも目標を見つけて、なんとか生き長らえてきた。
ロシオはケリーを見詰める。
侮っていた部分も否定できないが、彼女もまた裏社会の人間として相応の能力を有していたのだろう。
結果として彼は敗北した。
「俺の提案を、大人しく聞いておけばよかったと……いずれ後悔するぞ」
何かを知っているような素振りで呟く。
息も絶え絶えで、意識を繋ぐこともやっとの状態だ。
ケリーはなぜ裏切ったのかを問うわけでもなく。
かといって、とどめを刺すわけでもなく。
どうしようもない感情を抱えて、ロシオを見下ろしていると。
「……この先は、力が全てだ。権力なんてチンケなものじゃない」
生命を絞り尽くすように言葉を続けようとして、急にロシオが目を見開く。
「ッ――」
声を荒げるほどの力も残されていない。
意識を無理矢理に鮮明にして、必死に警告しようとするが――。
「なっ――」
ケリーが呻くように声を出す。
自分の腹部から何かが生えている――硬質な棘が貫いている。
「えっ……あ、嘘でしょ――」
続けて二本の棘が胴体を貫き、ケリーがその場に崩れ落ちる。
誰が見ても"即死"だと分かるほど。
初めから抵抗は無駄だと知っていた。
その情報をパリオ・レリクスから知らされた際に、それでも抗う術があるのではと足掻いた。
デンズファミリーを捨てるつもりはなかった。
当初は踏み台として考えていたが、それでも古巣を踏み躙るほど嫌いにもなれなかったのだ。
自分を泥沼から掬い上げてくれた組織を安全な場所に置きたかった。
戦力の拡充を図っていたパリオ・レリクスも快く承諾していた。
後は、ゾーリア商業区を手に入れるだけで――手駒としての価値を示すだけで組織は存続できるはずだった。
裏社会の人間としては最低な裏切り行為だ。
公安を警戒して、一等市民に媚びへつらおうとして自滅しただけ。
「自業自得か」
どこからか伸びてきた長い棘。
視線でそれを辿っていくと、暗闇に幽霊のような白いシルエットが見えた。
臀部から伸びる長い三叉の尾を揺らして。
無機質な灰色の肌を大きく露出させ。
何の罪悪感も抱いていない様子で、爛々と蒼い目を光らせながら。
「あっはは! 死んじゃったぁ!」
魔女でも魔物でもない"何か"が無邪気に嗤っていた。
よく見れば、ソレは軍服らしき黒い衣服を身にまとっている。
――軍務局。
胸元を大きく開けさせ、舌をだらりと垂らしながら体を揺らしている。
知性を期待するだけ無駄だろう。
人語を解する"何か"に対して交渉を試みようとは思えない。
デンズファミリーの構成員たちは即座に銃を構えて臨戦態勢に入る。
あれはケリーの仇だ。
当然、無事で帰すつもりはない。
「……やめろ」
呟いたつもりだったが、声になっていたかどうかも分からない。
霞む視界ではロクに状況も分からない。
ロシオが最期に耳にしたのは無数の銃声と、狂ったような少女の歓声だった。
File:ロシオ・ゼア
元は三等市民出身の労働者。
デンズファミリーの幹部構成員であり、ケリーから警戒されるほど高い評価を得ている。
パリオ・レリクスからとある情報と取引の話を持ち込まれ、組織の存続のため暗躍していた。