25話
端末に搭載された地図はGPS機能付き――全く同じものではないが、似たようなものだろう。
合流地点に指定された座標と自身の位置が分かれば、土地勘の無いクロガネでも移動に困ることはない。
「……」
先ほど『探知』した魔女は追ってきていないらしい。
一先ずは安全を確保出来たようだった。
連戦によって消耗している状態で、能力の不明な敵と戦うのは賢明ではない。
勝てたとしても、その間に増援が次々にやってくるだろう。
一対多の戦闘になれば、さすがに全ての敵の動きを把握することは出来ない。
死角から対魔武器で攻撃をされてしまえば命を落とすことになる。
力に自信があったとしても多勢に無勢だ。
少しして、合流地点に到着する。
「無事だったか」
カルロは特に心配していない様子だった。
その実力を目の前で二度も見せ付けられているのだから、そう簡単に死ぬようなことはないと理解しているのだろう。
「例のブツは?」
「車内に積んである」
クロガネは持った来たアタッシュケースを乱雑に投げ渡すと、後部座席に座る。
「ご苦労様」
「勘弁してくれよぉ……」
運転席では、ベルナッドが弱々しい顔をして俯く。
帰路も同行しなければならないと本部の通信士から伝達が来て、断るような真似はさすがに出来ない。
助手席にカルロが座ると、車を本拠地に向けて発進させる。
「本来なら幾つか経由地があるんだが……今回はナシだ」
この密輸ルートは信用ならない、とカルロが言う。
マッド・カルテルだけが裏切ったとは限らない。
「……どういうことだ?」
事情を知らないベルナッドが尋ねる。
彼に渡されたのは魔法省に密輸ルートが割れたということだけだ。
「マッド・カルテルが刺客を送り込んできやがった。魔法省にルートを漏らしたのもアイツらだろうよ」
丁寧に対魔弾をアタッシュケースに詰め直し終えると、安堵したように笑みを浮かべる。
よほどポケットに入れて持ち運ぶのが緊張したらしい。
「そいつぁ、また……」
ベルナッドは水商売の受付を任される程度の下っ端だ。
こういった時の反応には慣れていない。
「なぁ、魔女さんよ。アンタ、裏切った奴らに報復とか――」
「それは依頼内容に含まれてない」
本拠地に着いてからアダムに交渉すればいい、と切り捨てる。
仕事であればともかく、義理もない報復を請け負うつもりはない。
「……マッド・カルテルを引き入れたのは俺なんだよ」
カルロは頭を抱える。
この後始末を付けなければならない。
アダムの顔を思い浮かべる度に体が震えてしまう。
いっそ串刺姫に殺されていた方がマシだったのでは……と、今更になって後悔していた。
「ブツが無事なのは幸いなんだが……ぶちギレたボスに何を言われることやら」
「お説教が怖いの?」
「それで済むならどれだけいいことか」
殺されるほどではないにせよ、責任が彼にあるのは事実だ。
部下を四人死なせてしまったのも過失になる。
アダムはそういう男だ。
失敗に対しては鬼のように厳格な罰を与える。
そのしごきの成果か、ガレット・デ・ロワの幹部たちは極めて仕事が丁寧だ。
「……アンタに依頼を出したい時はどうすればいい」
「裏懺悔にでも通せばいい」
その名前を聞いて、カルロは目を見開く。
「そいつが俺なんかの仕事を仲介してくれるはずがない」
「有名なの?」
「そりゃ有名に決まってる。誰も手出ししないレベルのバケモンだぜ、裏懺悔って魔女は」
研究好きなCEMでさえ放置するほどだ、と。
闇ブローカーとして名を馳せる一方で、本人が災害に等しい力を持っている。
ある意味では、この世界で最も自由な存在なのかもしれない。
「ボスとは何かしら繋がりがあるみたいだが……そうじゃない奴からすれば、名前しか知らないような御伽噺みたいなもんだ」
連絡手段すら無い相手だ。
奇跡的に見つけ出せたとしても、果たして仲介してくれるかどうか。
「なら他を頼ればいい」
誰かに肩入れするつもりはない。
どこかの組織に荷担するつもりもない。
ガレット・デ・ロワに友好的になりすぎれば、それだけ他の組織と疎遠になる。
仕事も来なくなるだろうし、刺客を送り込まれるようなことがあれば面倒だ。
依頼者と仲介者と請負人。
それ以上の関係をこの世界で築くつもりは毛頭無かった。
File:魔女名簿
魔法省に登録されている魔女のリスト。
名前の記された者は非常時の際、その意思に関係なく強制的に出動させられる。
登録魔女でない者は無法魔女と呼ばれ、処罰の対象となってしまう。
 




