249話
ゾーリア商業区の繁華街の裏には、コンテナ倉庫が幾つも置かれているスペースがある。
昔はとある企業がレンタル業を営んでいた場所だったが、こんな荒れた街で野晒しのコンテナなど略奪してくれと言っているようなものだ。
物品の補償に追われ、一ヶ月と持たずに倒産したという。
「……この場所か」
ロシオは一帯を入念に調べつつ、潜伏可能な場所や逃走ルートを考える。
ただでさえ暗い裏通りに煩雑にコンテナが置かれている。
荒事に慣れている彼からすれば、これほど襲撃に適している場所はなかった。
カラミティへの報復を画策していた際、彼の派閥に属する構成員が"とある情報"を入手した。
曰く「ケリーがカラミティに対して直々に取引を持ちかけるらしい」と。
猶予はあまりなかったが、ケリーの護衛に自身の派閥の人間を潜り込ませることに成功した。
秘密裏に派閥を拡大させていることはバレていない。
だから、この策略に勘付かれることはない。
やはり自分は運が良い……そう考えて、ロシオは笑みを漏らす。
ケリーが動くとなれば、最低でも幹部クラスが交渉に赴くはずだ。
ここで襲撃を仕掛ければデンズファミリーを手中に収められ、さらにカラミティの戦力を削ぐこともできる。
護衛の裏切りと同時に物陰に潜ませた刺客が攻撃を仕掛ける。
これならば、勘の良いケリーでも死は免れない。
彼の派閥はアラバ・カルテルを脅かすほどの武闘派だ。
これだけ舞台が整っていればしくじる心配もない。
気掛かりなのは相手に"戦慄級"の無法魔女がいることくらいだが、不運なことに彼は中途半端な成功体験を積んでしまっていた。
「ツテがあるんだ。対魔武器だって何だって用意できる」
魔女に対して銃火器は通用しない。
鉛玉程度は容易に避け、刀剣や鈍器の類ではエーテルで強化された体に有効打を与えられない。
対魔武器は違う。
弾速は通常の鉛玉より速く、殺傷能力も極めて高い。
近接武器ともなれば易々と致命傷を与えられる。
だが、彼は等級の高い魔女と遭遇したことがなかったのだ。
愚者級の無法魔女を仕留めた経験があったために、今回も通用すると思い込んでしまっている。
馬鹿らしくなるほど存在としての格が違うというのに。
徹底的に罠を張り巡らせ、刺客を潜ませ――全ての作業を終えた頃合いに。
「――来たか」
自身も襲撃に参加すべく物陰に身を潜める。
先に姿を現したのはケリーで、予定通りロシオの仕組んだ構成員たちが護衛に付いていた。
緊張した面持ちだ。
これから行う交渉について、ロシオは部下から"デンズファミリーがカラミティと同盟関係を結ぶ"という内容だと聞いている。
そうなればゾーリア商業区は得られなくなってしまう。
それではダメだ……と、歯を軋らせる。
一等市民との繋がりを得る対価に、ゾーリア商業区の裏稼業を全て掌握するよう命じられていたのだ。
この一帯を牛耳ることができたなら莫大な利益を得られる。
そのために商業区内のシンジケートを傘下に収めてきた。
デンズファミリーの威光を利用し、本命は自身が自由に動かせる駒を作ること。
ラプラスシステムだけが脅威ではない。
限られた人間にしか知り得ない情報を耳にしてしまったことで、ロシオも現状に不安を抱くようになっていた。
パリオ・レリクスとの取引は、彼にとって決して逃すことのできない好機だった。
彼の"目標"は手を伸ばせば届く距離にまで来ている。
暗がりから銃口を彼女に向けると、手が震えるほど高揚してしまう。
「お前はいつも悠長に構えているだけだった」
だから、
「そんな頭じゃ、生き残れるはずがないんだよッ――」
新興シンジケートと交渉をするほど落ちぶれてしまったのかと。
自らのプライドまで傷付けられたような憤りを弾に込め、震える銃口を向け――。
「――同感ね」
視線が交差する。
容赦無く撃ち込まれた銃弾に、何秒も遅れて気付く。
「なっ――」
何が――と、呟く暇さえなかった。
無数の銃弾が四方八方から襲い掛かり、体が意識に沿わず跳ねるように回転する。
ロシオの派閥はケリー側に取り込まれていた。
護衛に紛れさせた手下たちも端から彼の味方ではなかったのだ。
至る所に潜伏させた襲撃班も同様だ。
この場にいる全員がケリーの味方であって、作戦の全容も筒抜けになっている。
隠れている場所さえ、傍らに控えていた手下に座標を送信されていた。
混乱と激痛で頭が回らない。
なぜ自分が死にかけているのかさえ分からない。
これが彼の侮っていた"新興シンジケート"の影響だと気付けない。
File:ケリー・デンズ
デンズファミリーの首領。
前首領であるドミニク・デンズの愛人の一人だったが、店内でシンジケート間の抗争に巻き込まれてしまう。
その際に前首領と幹部構成員が命を落としたことで成り行きで組織を率いることになった。