248話
「……クソッ!」
苛立ちを露わにしてデスクを激しく叩き付ける。
マグカップが倒れてコーヒーがPCを濡らすが、そんな事を気にしている場合ではない。
「なぜ連絡が取れない……もう三日も経っているじゃないかッ」
ロシオは歯を軋らせて呻く。
一等市民から接触を受け、儲け話を持ちかけられていたはずだった。
上手く事が進めばデンズファミリーは彼の手中に収まり、更にはパリオ・レリクスによる庇護下に入れるはずだった。
これまでの計画は全て一等市民の力があってこそのもの。
そのおかげで順調に組織内での派閥を拡大させ、転覆させられるだけの人数を味方に付けられた。
「俺に一等市民との繋がりがないと知られたら……」
ロシオだけではデンズファミリーを裏切るほどの価値は無い。
もしバレてしまったなら、彼についてきた者たちも手のひらを返すことだろう。
彼もそこまで凡愚ではない。
言い訳も何も思い浮かばないが、このまま座していると状況が悪化の一途を辿ることくらいは理解している。
戦力が残っている内に事を起こすしかない。
首領であるケリー・デンズは二流だが、危険察知には長けている……そうロシオは評価している。
今すぐに行動を起こすと勘付かれてしまう危険がある。
今の彼には、悠長に内部抗争を繰り広げている余裕はなかった。
「……いや、違う」
自分が一流だと証明するために手っ取り早い方法がある。
二流の悪党など放置しても脅威にならない。
先に自身の地位を確立してしまえば、後に一等市民との繋がりがないとバレたとしても今の派閥を維持出来るだけの資金と人員を手元に残せる。
パリオ・レリクスは依然として音信不通。
ならば自力で解決する他ない。
「ゾーリア商業区の寄せ集め共を潰してやる……ッ」
そう決意して、全面抗争を仕掛ける準備を始める。
ツテを頼りに災害等級の高い無法魔女に依頼を出し、さらにゾーリア商業区の他勢力にも声をかけていく。
デンズファミリーほどの規模になれば依頼を断られるようなことはない。
報酬にも色を付けて提示すれば、士気の高い使い捨ての駒が完成する。
そのはずだったが――。
「……一体どうなっている!」
ロシオが机を強く叩いて戦慄く。
彼のストレスは最高潮に達していた。
「なぜ、誰も依頼を受けようとしないんだッ」
敵対する組織の強大さに気付けず、苛立ちを募らせるばかりだった。
◆◇◆◇◆
――メーアトルテ南部、繁華街。
大通りには華やかな街並みが広がっている。
時刻は午後八時。
この時間帯の繁華街にしては治安が悪くない。
行き交う人々も、猫撫で声で客を引く娼婦たちも、世間一般で見れば裕福な者たちばかり。
ゾーリア商業区の繁華街とは随分と雰囲気が異なっている。
パリオ・レリクスの手によって管理された区画は、どうやら薄汚れた者を寄せ付けない"何か"があるようだ。
消息を絶ってから四日ほど経過している。
もし彼が生きているならば、目の前の店――クラブ・フォレッタに監禁されている可能性が高い。
「目的地に到着しました」
屍姫は一言だけ呟いて通信を切る。
入店すれば一切の支援を受けられなくなってしまう。
非常時のために救援信号をボタン一つで送れるようになっているが、それに頼るつもりはない。
――クラブ・フォレッタの正体を暴いて。
そうクロガネから命令されている。
手駒として、ただ任務を遂行するのみだ。
「……ふふっ」
嬉しさのあまり、思わず笑みが溢れてしまう。
この危険な調査を任されたのは自分だ。
マクガレーノでもロウでもなく、右腕である自分を――。
「どうかされましたか?」
店の入口に立っていた女性に声をかけられ、屍姫ははっと我に返る。
今は任務に集中すべきだ。
「知人に紹介されたので」
「そうでしたか。紹介者の名前をお伺いしても?」
紹介制の高級クラブだ。
内部を探るには入店するしかないが、当然ながら、紹介してくれるような人物のアテもない。
「パリオ・レリクスという方です」
「承知しました。確認致しますので、少々――」
直後、屍姫の手が怪しい光を帯びる。
「――『喰命』」
生命力を根刮ぎ奪い取る。
普通の人間なら、軽く触れるだけで何秒と持たずに絶命してしまう。
それと同時に自らの魔力を譲渡することで、
「はい。確認が取れましたので、ご案内致します」
手際良く案内係を作り出した。
見た目は元の状態とほとんど変わらない。
微かに血色が悪くなる程度で、ぱっと見て使役されているアンデッドだと見抜くことは困難だ。
「ポーカーフェイスが上手でしたね」
屍姫が微笑む。
紹介者の名前を告げた時、案内人は顔色一つ変えず自然に対応していた。
だが、その瞬間。
ごく僅かだったが、彼女からヒリついた空気を感じ取った。
殺気と呼ぶほどのものでもない、大半の人間であれば気付けないような"トゲ"を見落とさなかった。
ここはただのクラブではない。
別の用途で運用されている――それも一等市民さえも標的にするほどの"何か"を隠している。
内部を暴くためにもう何体かアンデッドを作るべきだ。
接待を行うキャストなら、対象と直接接触する機会が多いため事情を深く知っているだろうか。
手を出すリスクは大きい。
だが、主であるクロガネが情報を望んでいる。
もしパリオが監禁されているのであれば、彼を解放して連れて行くことも重要な任務だ。
次の作戦行動に間に合うように、速やかに事を済ませて退店する必要がある。
最終的には統一政府を掌握するのだ。
この程度の仕事は、涼しげな顔をして遂行できなければ話にならないだろう。
そして、クロガネの期待に応えられるだけの能力を屍姫は持ち合わせていた。
「こちらがVIP専用の個室になります」
ドアを開けると、露出度の高い服を着たキャストたちが出迎える。
見たところ魔女は紛れていない。
全く脅威ではない。
外の通路をそのまま案内人に見張らせ、ドアを閉める。
これで誰も逃げることはできない。
「さあ、奉仕してもらいましょうか――」
近くにいたキャストに近付いて、その頬に手を添える。
慣れた様子で受け入れているようだが、他の女には微塵も興味を抱かない。
「――その身が朽ちるまで」
まずは一人目……と、屍姫は笑みを浮かべた。