245話
データベース上で管理される莫大な情報。
だがその全てが閲覧可能というわけではなく、一つの権限で得られる範囲には限りがある。
アグニの権限でさえ十分なデータを得られない。
あるいは、肩書きだけで実質的なトップではないのかもしれない。
魔女としては優れているものの、優秀な頭脳を持っているようにはとても思えない。
短慮な彼女を上手く利用している人物がいるかもしれない。
「……」
傀儡でしかないのなら、より上の人間を引き摺り出すしかない。
問題は、その人物が何者なのか見当も付かないことだった。
だが、一つだけ紐を解くことができた。
――アグニを操っている人物こそ、フォンド博士が敵視している相手だ。
だからこそ、自分がアグニを手に掛けることを期待して一等市民居住区に向かわせたのだろう。
程度は不明だが、少なくとも彼を煩わせるくらいの何かを持っているはずだ。
目先の利益を優先していれば気付けなかった。
そもそも彼女のような人間が統一政府のトップでいることも不自然だ。
――入力:統一政府の体制について。
《組織図を表示します》
内容は至ってシンプルだ。
政府機関を構成する二つの組織――議会と軍務局に分かれて、それぞれに下部組織が表示されている。
議会は各筆頭議員の名前が記されており、その下には傘下に収まっている組織などがある。
軍務局はより組織図らしい構成で、与えられる任務内容によって事細かに区分されていた。
その責任者となる者が軍務局長の肩書きを持っている。
議会でさえ未だに謎に包まれているというのに、軍部に関してはこれまでの事件にほとんど姿を見せなかった。
クロガネが知る限りでは、黎明の杜の拠点――そこに囚われていたヘクセラ・アーティミスを暗殺しようとした時。
そして、黎明の杜リーダーである氷翠をアグニが連れ去った時。
この二件以外で姿を見せたことはない。
議会が特権階級であれば、軍部は一体どのような存在なのか。
一等市民に対してどの程度の影響力を持っているのか。
「軍務局長について教えて」
端で大人しくしているアグニに尋ねる。
もし彼女が、その人物の掌の上で踊らされているのであれば――。
「テロメアのこと? あいつなら、ボクの手駒みたいなものさ」
得意げに語ることが何よりの証左だ。
言葉巧みに傀儡として祭り上げられているのだろう。
軍務局が背後に付くことで、アグニは筆頭議員として議会内で大きな影響力を持つ。
そうなれば間接的に議会を動かすことが可能となる。
軍務局長からすれば都合の良い話だ。
「ラプラスシステムによる完全管理社会も彼女のアイデアだよ。チェリモッドに開発させた仕組み通りにはならなかったけど……あ」
口を滑らせた……と、アグニは慌てた様子で言葉を止める。
現行の仕組みについて知っているようだ。
「現行の一望監視制管理社会とどう違うの?」
もしかすれば、世間に公表されているほど物騒なものではないのかもしれない。
その正体を暴けたなら、今後は他組織よりも有利に事を進められる。
「そ、それは……」
「教えて」
強引に詰め寄る。
これは裏社会の人間にとって喉から手が出るような情報だ。
知っているのであれば、どんな拷問にかけてでも吐かせるべきだ。
「……観測装置から一定間隔でエーテル波を生み出しているだけだよ。出力もショボいからバカしか引っ掛からない」
それを聞いて納得する。
世界全体を観測するような強力な魔法であれば、もっと息苦しいほどの締めつけを――支配領域に無理やり抑え込まれるような反魔力を感じるはずだ。
だというのに、世界が大きく変化した様子はなかった。
高度な隠蔽を施されている可能性も考えられたため、これまでは迂闊な行動は取れなかった。
しかし、統一政府が一枚岩でないと分かった今なら対策も不可能ではない。
この情報を公にするつもりはない。
カラミティ幹部の三人には共有するが、それ以上はクロガネにとっても不利益になる。
問題は、Neef-4が秘匿されている現行の一望監視制管理社会に対して有効な隠蔽装置であることだ。
誰が何を考えて生み出したのか。
立場も意図も見えないが、多くの人間がこの装置に頼りきっている。
「Neef-4の作成者に心当たりは?」
「なくもないけど……確証はないな」
議会か軍務局と繋がっている人間がいる。
どの派閥に所属して、どのような思惑を抱えているのだろうか。
「そう」
嘆息して、クロガネは操作画面を閉じる。
必要な情報は得られたが、最も欲していたラプラスシステムに関するデータだけ閲覧ができなかった。
それだけではない。
議会を潰せばいいと考えていたが、どうやら統一政府の闇はまだまだ暴けていないらしい。
情報を得たはずが、かえって謎が深まってしまった。