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243話

 屋敷の寝室から出て、大きな廊下を歩いていく。

 高価な調度品が等間隔で並べられているが、多くは埃を被っていて手入れもされていない。


 一等市民には多くの財が集まる。

 その身分に至るに相応しい資産を持っているのもあるが、並べられている品々は二等市民から得る"貢ぎ物"が大半だろう。


――一等市民推薦枠。


 各々が気に入った人物を一等市民として迎え入れる制度。

 社会を歪めている根本的な原因ではあるが、特権階級を手放す者がいないため解消されることはない。


 推薦枠に集まるのは欲深い者だけ。

 彼ら彼女らは多額の資金や宝飾品、その他様々な高価なものを用意して一等市民に取り入る。

 マッド・カルテルのレドモンドのように、野心を抱いてその地位を目指す者しかいない。


 それだけの価値があるのだろうか。

 傲慢な振る舞いを許される特権を持っていたとしても、完璧な自由を得られるかと問われれば否だ。


「くそっ、なんでボクがこんな目に……」


 アグニが悔しそうに呟く。

 無力化された状態では普段のような尊大な発言もできない。

 さすがの彼女でも、機嫌を損ねれば殺されかねないと理解しているようだ。


 行為を終えてから休む間もなく道案内をさせられている。

 未だ余韻の抜けない緩んだ顔付きで、微かに体を火照らせている。


「あのさぁ、何か羽織るくらい許してよ」


 口調はあまり変わらないが、普段と比べて語気が弱い。

 当然ながらその要求に耳を貸すつもりはない。


 着替える際に武器を仕込むかもしれない。

 そうでなくとも、隙を突いて救援を呼ぶなどの行動を起こす可能性もある。

 無用なリスクを負うつもりはなかった。


「せめて、濡れてる下着を新しいのに変えたりとか……」

「脱ぐだけなら構わないけど?」


 濡れた下着がピッタリと張り付いている。

 本人はひんやりとして不快感を抱いているようだったが、眺めている分には気分が良い。


 そんな視線に気付いて、アグニは諦めたように嘆息する。


「いい趣味してるよ、ったく」


 小細工は通用しない相手だ。

 肢体を晒している状況が耐えられないというのが本心だったが、もし隙があれば何かしら仕込んでいたのも事実だ。

 MED装置だけで油断するような甘さは持ち合わせていない。


「わざわざ一等市民居住区フォルトゥナまで来て、ラプラスシステムに接続して何を探るつもりなんだよ?」


 膨大なデータベースに眠る情報。

 一般に開示されていない様々な資料の数々。

 それらを欲しているならば、確かにこれだけのリスクを負う価値はある。


 アグニの権限があれば統一政府カリギュラに関するデータの大半を得られるだろう。

 ラプラスシステムに関する機密にも手が届く上位の権限だ。


「教えてもいいけど――」


 クロガネの目が殺気を帯びる。

 目的が"元の世界に戻るため"などと知られたら弱みになりかねない。

 その場合は口封じをする必要がある。


「……やめておくよ」


 余計な詮索はしない方が利口だ。

 言われたことだけ従順にこなしていればいい。


 この機会を逃せば次はない。

 今回の一件を理由にセキュリティが強化されてしまうだろう。


 筆頭議員の権限があれば最重要機密に届き得る。

 末端から見える世界はあまりに薄っぺらい。

 どれだけ裏社会で成り上がったとしても、社会の深部まで覗くことは叶わない。


 そのために彼女の生体データが必要だ。

 手間をかけて無力化してでも、彼女を一時的に支配する必要がある。


 屋敷の地下に降りていく。

 アグニは階段を降りながら、ちらちらとこちらを警戒したように振り返っていた。


 何かを企んでいる様子ではない。

 ただ不安なだけ。

 一等市民であり筆頭議員でもある権力者が、誰かに屈するような経験があるはずもない。


「……ここからデータベースに接続できる」


 案内されたのは屋敷の地下にある一室――巨大な煌学装置を中心に据えた執務室だった。


 意外なことに仕事熱心なようで、至る所に紙媒体の資料が積まれている。

 どれもじっくりと目を通したであろう形跡があった。


 部屋の中央に居座る円柱型の煌学装置。

 閲覧中だったであろうホログラムを幾つも映し出しながら淡く光を帯びている。


 コンピューターとしての性能は一般に流通しているものの比ではない。

 だが何よりも"奥"から感じる凄まじい魔力が気になっていた。


「データベースはラプラスシステムと直結してる?」

「……そうだよ。管理するだけじゃなく、アレは自分の知識として取り込んでるんだ」


 世界中の論文や研究データ、事件から裁判記録、政治機密に至るまで全てが彼女の所有物だ。

 単なる管理システムに留まらない。

 これほどの存在が、さらに途方もないほどの魔力を持っているというのだ。


「人造神でも作るつもり?」

「議会の連中はそうしたいらしいね。でも、ボクは違う」


 どうせ権限を利用されるのだから……と、アグニが手を翳す。

 すると、その手に反応して機械が光を強める。


「アクセスを要求」

《権限を確認――承認。"管理者"アグニ、データベースへようこそ》


 無機質に応答する。

 少女のような声だが、そこに感情などは一欠片も感じられない。


 クロガネの存在には気付いていない。

 Neef-4ネーフ・フォーの効果は、ここまで接近しても通用するらしい。


「……それで、何を調べるんだよ?」


 アグニが振り返って尋ねる。

 操作画面は既に表示されているため、あとは好きに調べるだけだ。

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[良い点] こうして見るとただの子ども
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