242話
頬に片手を添える。
もう片方の手で、銃を突き付けている。
これから何をされるのか分かっていない。
ただじっと耐えるように、アグニは体の震えを抑えている。
「……」
こうして見れば、彼女は自分と大して年齢の変わらない少女でしかない。
悪辣な一等市民としての姿を忘れそうになるほど。
なぜ下着姿で窓際に立っていたのか不明だが、こうして素肌をさらけ出していることも都合が良い。
頬から手を滑らせるようにして首筋を撫でる。
そのまま鎖骨に、そして脇腹に。
緊張して感覚が敏感になっているのか、アグニは「んっ……」と声を漏らす。
僅かでも抵抗すれば殺される。
張り詰めた空気の中で、何故だか体が熱を帯びてしまう。
どうしてこんな事を……と、抗議するように睨み付ける。
羞恥に染まる顔で、微かに潤んだ瞳で。
「一等市民居住区の屋敷を訪ねてくるよう言ったのはそっちでしょ?」
ご丁寧に住所まで教えて、誘ったのはアグニの方だ。
その迂闊さを咎めるように顔を寄せて、間近で顔を見つめる。
出会った当初であれば考えられなかった状況だ。
圧倒的な強者であるアグニを前にして、あの頃のクロガネは弄ばれるしかなかった。
だが、今は違う。
「っ……」
耳に吐息を吹きかけると、アグニが声を抑えつつも体を震わせる。
首筋を食むと、今度は体を捩らせて反応する。
ろくな抵抗もできない少女。
クロガネの魔力に当てられて、体を火照らせて脱力している。
こうして触れているだけでも魔力を少しずつ奪うことはできる。
だが、悠長に時間を使っていてはリスクが高まる。
ここが一等市民居住区の中心部であることを忘れてはならない。
不本意だ――と、クロガネはそう思いつつも顔を寄せる。
「こ、こんな事をして……ただで済むと……ッ」
目を潤ませ、頬を赤く染めて。
辛うじて理性を繋ぎ止めながらアグニが顔を逸らす。
間近で見つめ合っているとタガが外れてしまいそうだった。
「助けを期待しても無駄だから」
クロガネが冷酷に告げる。
ラプラスシステムはNeef-4による隠蔽を暴けない。
TECセキュリティの機械兵も屋敷の敷地内には巡回に来ない。
「乱れた呼吸も、跳ねるような心音も……ただ一人遊びに夢中になってるとしか思われない」
誰も助けには来ない。
バイタルデータの乱れを観測したとしても、異常のない範囲だと認められてしまう。
アグニの顔に手を添えて、無理矢理こちらを向かせる。
これから何をされるのか分かっているようだったが、命が惜しいのか抵抗はしない。
普段の振る舞いこそ苛立たしい不愉快な存在だが、こうして大人しくしている姿だけなら一級品の美少女だ。
クロガネは銃口を突き付けたまま――アグニの唇を奪う。
「んぅっ……」
舌を捩じ込んで口内を蹂躙する。
死の恐怖と快楽の二つに心を支配され、アグニは惚けた様子で行為を受け入れている。
「あむ……んっ……んくっ……」
舌を絡ませ魔力を奪っていく。
溢れる唾液で溺れそうになりながらも、時折アグニが喉をコクコクと鳴らして零れないようにしていた。
「そういうのが好きなの?」
「はあっ……そ、そんなわけ……んぅっ……」
抗議しようとした直後に再び唇を塞がれる。
もはや突き付けられている銃口は意識になく、ただ与えられる快楽に夢中になっていた。
舌を通じて魔力を絡め取られていると感覚的に気付いてはいたが、だからといって何かできるわけでもない。
「んぁっ……手ぇ、そんなとこ……っ!」
首輪で飼い慣らせる程度に魔力を奪うことができた。
もう銃は不要だ。
「やめ、ろ……よぉっ……ん、んむっ……」
それでも万が一の場合もあり得る。
MED装置が故障しないとも限らない。
アグニの魔力を空にするまでは、まだ油断できない。
そんな下らない理由付けをして、執拗にその肢体を責め立てた。
◆◇◆◇◆
「くそっ、なんでボクがこんな……」
完全に無力化されたアグニが悔しそうに呟く。
汗に濡れた下着姿のまま、首輪に繋がれて支配されている。
未だ行為の余韻から離れることができず、火照った体を擦りながらクロガネを睨み付ける。
辱められはしたが殺されるようなことはなかった。
MED装置を取り付け、さらにあんな事をしてまで魔力を奪って――。
思い出すと、また体が疼いてしまう。
意識を逸らすためにアグニは疑問を投げかける。
「どうして殺さないんだよ」
恨みを多く買っているはずだ。
組み伏せられた時点で死を覚悟していたが、こうして拘束されるだけに留まっている。
「殺すと"あの男"の利益になる可能性がある」
「あの男?」
「グリムバーツ・アン・ディ・フォンド。CEMの最高責任者」
忌々しい名前だ。
この悪夢は全て彼によって生み出されている。
口にするだけでも殺気がにじみ出てしまうほどに憎悪を抱いている。
「フォンド博士か。でもどうして、ボクが死ぬとあいつの利益に?」
その問いに返答はしない。
一方的に情報を引き出すだけだ。
「ラプラスシステムに接続して。データベースに用がある」
「無駄だよ。あいつの研究資料は大半がオフラインで管理されているし、そもそも閲覧権限がない」
筆頭議員であるアグニでさえ動向は把握できていない……と。
その言葉に偽りがないか、試すように顔を近付ける。
「嘘は言ってない。統一政府とCEM、魔法省はそれぞれ独立した機関だから、双方の重要機密に触れることは基本的にできないんだ」
「それで魔法省を取り込もうとしたの?」
それも、ユーガスマを追放してまで。
ラプラスシステムを保有する統一政府が最もパワーバランスで優位に立っているが、それでも巨大な組織を黙らせるまではいかない。
それをしたところでデメリットの方が勝る。
「魔法省の方針は魔女の保護に重きを置いている……それだとボクらには不都合なんだよ」
相容れない施策を進めるヘクセラ長官が目障りに映るのだろう。
以前は街頭ディスプレイの公共放送等で見かけたが、ここしばらく彼女の姿を見かけることはほとんどなかった。
表立って事を起こせばさすがに市民から不信を買ってしまう。
勢力を衰えさせて傀儡にすることが最も安全な手段だ。
「けどまあ、脅威になるわけでもないし。こっちの言うことを聞かせたいってだけの話さ」
納得のしやすい理由だ。
話自体に偽りはないようだが、それが主目的とも考え難い。
「……わかったよ。データベースにアクセスすれば満足するんだろ?」
さすがに生殺与奪を握られている状況で駆け引きをする度胸はない。
アグニは観念したように、別の部屋にクロガネを案内する。