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239話

 リュエス運送の大型タンクローリーには隠されたスペースがある。

 タンク部分の真下――様々な()()を運ぶために作られた空間だが、人間なら寝そべれば四・五人は問題なく隠れられるだろう。


 この世界のタンクローリーは石油等の燃料だけでなく魔法物質を運ぶことも多く、エーテルによる汚染を防ぐため静性メディ=アルミニウムによって作られている。

 この隠しスペースも同様で、煌学スキャンによる影響を受けることはない。

 車両検問所で無理矢理抉じ開けられたりしない限りは安全だ。


 とはいえ、これから一等市民居住区フォルトゥナに侵入するのだ。

 殺気立ったクロガネの横では、ケリーが青い顔をしながら辛うじて気を失わずに耐えていた。


 輸送車両で移動を始めて何分と経たず、マクガレーノから通信が入る。


『足取りの件だけれど、一昨日の午後六時に繁華街の店を訪れて以降、消息不明の状態なのよ』

「店の名前は?」

『クラブフォレッタ。性接待を伴う招待制の高級クラブね』


 検索をかけるも、それらしきサイトは引っ掛からない。

 一部の人間にしか知られていないのだろう。


()()()()稼業なんてありふれたものだけれど。アタシの勘が、なーにかおかしいって騒がしいのよね』


 この世界では特に階級による格差が激しい。

 大衆には開放されていないような富裕層向けの店があったとしても何ら不自然ではない。

 招待された人間以外はその存在すら知ることはない。


『少なくとも、どこかのシンジケートが絡んでいるような店じゃないのは確かね』


 互いの縄張りに踏み込まないように、こういった稼業に手を出す場合は最小限の協定が結ばれている。

 無用な抗争をしたがるような血の気の多い組織は少ない。

 下手なことをすれば魔法省にすぐ嗅ぎ付けられてしまうからだ。


 高級クラブだけが不自然に運営されている。

 調べても、背後に何か組織が隠れているわけでもなく――。


『もう少し踏み込んだ方がいいかしら?』

「探らなくていい」


 もう十分……と、クロガネは通信を切る。

 そういう用途で作られたとまでは断定できないが、普通の店でないことは明らかだ。


 パリオ・レリクスは既に処分されたか、良くて一時的に監禁されている状態だろう。

 それ自体はクロガネにとって都合の良い話だ。

 メーアトルテ一帯の動向を掴まれていないのであれば、ここ数日の――一等市民居住区フォルトゥナ侵入作戦について、デンズファミリーとリュエス運送のやり取りが流出する事もない。


――フォンド博士以外の人間には。


「チッ……」


 癪に障る。

 より俯瞰した、被害の及ばない場所からこの状況を弄んでいる。

 彼の所在を掴むことすら叶わない。


 その点では、まだアグニの方が可愛げがあった。

 わざわざ自らの居場所を教えてくるような迂闊な思考回路。

 魔女としての力量もラプラスシステムの力を行使する権限も厄介ではあるものの、短慮な部分があらゆる場所に隙を生んでいる。


 初めて対面したのは、リュエス港にあるコンビナートだった。

 ガレット・デ・ロワとマッド・カルテルの抗争。

 その最中に現れた彼女は、クロガネに対してこう告げた。


――気が変わったらいつでもボクを訪ねて来るといい。一等市民居住区フォルトゥナにある屋敷で、毎晩可愛がってあげよう。


 あの時点ではポケットに捩じ込まれた紙切れの存在に気付けなかったが、アグニは一枚のメモを残していた。

 そして、そこには言葉通り屋敷の場所が記されていた。


 絶対の自信があるからこその愚行。

 魔女の中でも上澄みで、統一政府カリギュラの筆頭議員という点においても強者だ。

 本来なら、彼女にとって脅威となるようなものは存在しない。


 だが、今のクロガネは以前よりも格段に魔力が高まっている。

 多くの戦闘経験を積んで、能力の幅も拡がっている。


 それに慢心せず、入念な準備をしてきた。

 これまでの屈辱を全て晴らすために。


 そんな意気込みが全て殺気に変換されていたせいだろう。

 横でケリーが気を失っていることに気付いて、クロガネは嘆息する。

 この後の段取りで彼女の手を借りることはほとんどないが、車両ごと侵入して気絶したままというわけにもいかないだろう。


「いつまで寝てるつもり?」


 軽く小突くと、ケリーが「うぅ……っ」と呻く。

 そして次の瞬間に目を見開いて、現状を思い出して慌てて釈明する。


「こ、これは気絶していたわけじゃなくて……えっと……そう! 体力を温存しておこうと思っていたの!」

「黙って」


 現在地を確認すると、ちょうど一等市民居住区フォルトゥナの検問所に差し掛かるところだった。


 外の様子は窺えない。

 一帯は要塞のような高い壁に覆われているらしく、唯一の出入り口がこの検問所だ。

 ドライバーが何やら話している声が聞こえる。


「……」


 息を殺して待機する。

 認定業者と一般業者で場所が分かれており、リュエス運送は前者であるため認定証の提示のみで通過可能だ。

 ドライバーが警備の人間と口頭での軽い確認作業を済ませると、再び車両が動き出す。


 認定証は統一政府カリギュラの議会で正式に認められた証だ。

 それだけ通行許可として大きな力を持っている。

 もし一般業者側から侵入しようとしたなら、車両の隅々まで調べるだけでなくドライバーの素性まで入念にチェックされることになる。


 煌学スキャンやPCMAによる検問を逃れる唯一の手段。

 ケリーが持つ交渉材料の中で、最も価値があるものといえばこの輸送業者だ。


――『探知』


 微弱な出力で発動する。

 外部からは壁に阻まれて様子を探ることはできなかったが、一度侵入してしまえば話は変わってくる。


 一等市民居住区フォルトゥナのセキュリティを事細かに観察しようとして、ふと、クロガネは違和感に気付く。

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