235話
「すまない、助かった」
ジンが6Λに礼を言う。
自我のない生体兵器に対して声をかけたところで意味はないが、彼なりの礼儀なのだろう。
仕切り直しだと言わんばかりの様子でジンがTWLMを構える。
まだ様子見の段階で、双方に被害は出ていない。
「我々は魔法省特務部、特殊組織犯罪対策課機動予備隊だ。無法魔女『禍つ黒鉄』及び犯罪シンジケート『デンズファミリー』のケリー・デンズ。お前たちの身柄を拘束する」
堂々と宣言する。
それを可能とするだけの戦力を率いてきているのだから、その自信も当然だろう。
彼を含めた六人の力量を見て、クロガネも"警戒に値する"と評価を下している。
遭遇する状況によってはかなり厄介だ。
彼らは魔法省――もしくはCEMの思惑が足枷になっているようだが、それ以外に部隊として目立った弱点は見当たらない。
あの機動試験を乗り越えてきたのだとすれば、精神面を揺さぶる余地もない。
これだけでも厄介な相手だったが――。
「――ハクア」
ジンが名前を呼ぶと、輸送車両から最後の一人が降りてきた。
その姿を見てクロガネは思わず息を呑む。
純白の長い髪が揺れ、日光を受けて淡く輝く。
清廉で透き通った魔力を帯びて、より一層、少女の持つ神秘的な美しさを引き立てている。
虚弱な体つきだが発する魔力量は戦慄級相当だ。
それだけなら他の登録魔女と変わらないだろう。
クロガネが感じ取った"嫌な気配"は他にある。
車両から降りて陣形に加わるまでの間に全てを理解してしまった。
やや緩慢な動きと無感情な顔――そして、虚ろな瞳。
自我を奪われた傀儡。
異質な魔力を身に宿しているが、それは彼女自身のものではない。
深淵の奥底から供給される魔力を体内にある遺物が受け止め、それを引き出しているに過ぎないのだ。
「……原初の魔女」
クロガネは銃口をハクアに向ける。
他の有象無象はどうでもいい。
彼女だけは最大限の警戒をもって対処すべきだ。
周りの誰も理解していない。
あの実験体がどれほど危険な力を宿しているのかを。
もし自分と同じで、供物を捧げるために力を得ているのだとすれば。
「あの無法魔女を制圧してくれ」
ジンの命令に小さく頷き――。
「召装――"アクセラレート・ランス"」
直後には、クロガネの間近に距離を詰めて槍を突き出してきた。
瞬間移動したかのような速さだったが、槍が冠する名前の通りに"加速"したのだろう。
その穂先を目で追う――狙いは心臓。
クロガネは体を斜にズラして避け、銃弾を浴びせる。
だが――。
「――ッ」
弾丸をハクアが全て躱す。
驚くべきことに、彼女はユーガスマのように銃弾の軌道を目で追って見切っていた。
指先が届きそうなほどの至近距離だというのに。
残弾がゼロになると同時に、今度はハクアが攻勢に出ようとする。
クロガネは即座にエーゲリッヒ・ブライを上に放り投げ、懐から取り出した強化ナイフで応戦する。
突き出された槍の軌道をナイフで反らす。
何度か弾いて対処するが、さすがに得物の間合いを比べると不利な状況だ。
それを嫌って後方に下がっても意味がない。
無理矢理にでも詰めるべきだ。
槍を弾いた隙を突いて接近を試みようとするが、警戒されたのかハクアが後方に飛んで距離を取る。
同時にクロガネはナイフを捨て、落ちてきたエーゲリッヒ・ブライを手に取った。
「……」
機動試験によって最適化された戦闘。
彼女の動きには一切無駄がない。
全てが洗練されていて――人間味が感じられない。
様子見はこのくらいでいいだろう。
クロガネは嘆息して、再び銃を構え――。
――強烈な殺気が場を支配する。
飼い慣らされた無様な実験体たち。
CEMに――あの男に抵抗することを諦めてしまった弱者だ。
先程までとは一変して、冷徹な瞳に感情が灯る。
侮蔑、敵意、落胆、苛立ちを隠すことをせず。
この"芽"は成長する前に刈り取ってしまった方がいいと判断を下す。
「怯むなッ、数の有利はこちら側にある!」
ジンが声を上げ、隊員たちに指示を出す。
最大戦力であるハクアを支援する形を取るらしい。
対して、こちらは人数で――。
「あー、もうッ――こうなったらヤケよッ」
ケリーが遮蔽物の影から銃を乱射する。
対魔武器でもないため効果は見込めないだろう。
だが、鳴り響く発砲音が僅かな時間だが敵の意識をクロガネから逸らす。
「――『能力向上』」
その隙を見逃すはずがなく、クロガネは即座にエーゲリッヒ・ブライの召喚を解除する。
得物は必要ない。
Neef-4の性能上限まで身体能力を高め、一気に距離を詰める。
「ッ!?――ハクアッ!」
いち早く気付いたジンが声を上げる。
だが、あまりにも遅すぎる。
次の瞬間には、クロガネがハクアの喉元を掴んで地面に押し倒す。
機動試験で戦闘技術を身に付けられても、こういった場で必要な駆け引きの経験までは得られない。
このまま殺してしまえば、大きなリスクを一つ排除できる。
あの男の思惑も潰せるだろう。
実験体としての境遇を憐れむつもりもない。
この世界では弱者は喰い潰されるだけ。
彼女も例外ではなく、そして、彼女と似たような者など既に数え切れないほど殺してきた。
そう考えていたが――。
『ああ、喰らうといい。それは貴様にとって大きな糧となる』
身の毛のよだつ不気味で不快な声。
脳内で響き渡り、精神を揺さぶり目眩を生じさせる。
『そうだろう? "破壊"と"創造"は対となる一つの能力なのだから』
深淵から覗き見ていた"原初の魔女"が嗤う。