234話
輸送車両の数は一台のみ。
中型で収容人数は多くないように見える。
明らかに不自然な人数だが、まだ油断はできない。
ユーガスマのように個として優れた執行官が乗っている可能性も有り得る。
「処分は保留する」
この時点でケリーは戦う以外の選択肢を失ってしまった。
彼女一人では足しになるとは思えないが、使える駒は多いに越したことはない。
「ま、魔法省……さすがに、ここは退くべきよ」
「イチから説明する必要がある?」
事態を呑み込んで指示に従え……と。
苛立ちつつ視線を向けると、ケリーは慌てて頷く。
逃げたところで無意味だ。
デンズファミリーの内部情報が漏洩しているというのに、この場を切り抜けたところで次の刺客が送り込まれるだけ。
彼女は自らの命を賭して戦うしかない。
この状況をラプラスシステムに捕捉されているなら厄介だ。
Neef-4を使って身を潜めようにも、ここまで居場所が割れてしまってはカメラ等で追跡されてしまう。
監視を欺いて姿を消すには手間がかかるだろう。
そこまで考えて、クロガネは手短に"予定変更"のジェスチャーを出す。
彼女ならすぐに気付いて対処してくれるだろう。
「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」
臨戦態勢に入る。
悠長に輸送車両の到着を待つつもりはない。
だが、妙な引っ掛かりを感じる。
まさか統一政府が中途半端な戦力を投入するはずもない。
政府正規軍が派遣されていないことから――もしかすれば、関わりのない何者かが仕組んだ罠かもしれない。
Neef-4の性能を上回る魔力行使はまだ避けるべきだ。
敵の正体を見極めてからでも遅くはない。
輸送車両内の生命反応を微弱に『探知』して照準を合わせる。
計七人――その内の五人から、通常では有り得ない生命反応の乱れを観測する。
中途半端な攻撃では効果は見込めないだろう。
「――交戦開始」
まずはタイヤ部分を狙って銃撃を仕掛ける。
横転させられたなら理想だ。
そうでなくとも、せめて敵側の目標位置からズレた場所に停車させたい。
周到に用意されているであろう作戦を崩す。
少しでもこちら側のペースに運びたいと考えていたが――。
弾丸が輸送車両に当たる直前に、障壁のようなものに阻まれて消滅する。
その性質はESSシールドに似ているが、何者かの魔法によって生み出されたように見えた。
手練れの魔女が混ざっている。
それも、エーゲリッヒ・ブライの弾丸を受け止められる出力なら大罪級以上はあるだろう。
それほどの魔法を躊躇なく発動できるとなれば、少なくとも魔法省所属であることは間違いない。
相手にとってラプラスシステムに観測されることがデメリットではない。
だからこそ、余計に人数の少なさに違和感を抱いてしまう。
もしこれが、カラギの言う"新設される部隊"であるならば――。
「――対無法魔女陣形に移れッ!」
声と同時に、接近してきた輸送車両から二人の捜査官が飛び出す。
挟撃を仕掛けるように左右に分かれて襲い掛かってきた。
一人は大柄な男――屈強な体を持っているように見えるが、その生命反応はどちらかといえば魔物に近い。
改造手術を受けた跡が幾つも見られる。
生身の人間と侮ると命取りだ。
凄まじい膂力から繰り出される拳打を受け流し、クロガネは即座に距離を取る。
もう一人は長身の女――外見こそ他の人間と変わらないが、骨格を魔法物質によって覆っている。
本来ならエーテルによる侵食で命を落とすはずだ。
だが、彼女の体内では細胞が凄まじい勢いで再生を繰り返しており、侵食を抑え込んでいる。
銃で撃ち抜いても即座に再生が始まって傷を埋めていく。
生半可な攻撃は通用しない。
自身の強みを理解して、どれだけ被弾しようと怯むことなく直進してきていた。
どちらも厄介な能力を持っている。
それだけでなく、実戦経験を多く積んできたのだろう。
こちらの動きを観察しつつ、的確に逃げ場を奪おうとしている。
「……チッ」
CEMから提供された実験体によって編成された部隊。
従来の動力コアを埋め込んだ執行官とは異なり、その正体は人間そのものを素材として作り上げた生体兵器のようだ。
自我を持っているだけで中身は魔物と変わらない。
ユーガスマの受けた改造手術を洗練させた――もとい、より悪趣味なものに昇華させた技術。
その施術を行った人間が何者かは考えるまでもない。
隙を突いて挟撃から逃れると同時に、輸送車両から降りてきた二人が即座にESSシールドを設置。
敵側が一方的に攻撃を仕掛けられる状況になってしまった。
後方から銃撃による支援を受け、改造手術を受けている二人が攻撃の勢いを強める。
敵は計七人いる。
目の前の四人だけに気を取られるわけにはいかない。
猛攻を躱しながら後方に下がり、冷静に銃弾を打ち込んでいく。
近接戦を仕掛けてきた二人を牽制しつつ――。
「それは安直すぎる」
嘆息して、大きく跳躍して襲い掛かってきた指揮官――ジン・ミツルギが振り下ろしてきたTWLMの剣を避け、代わりに強烈な蹴りを叩き込む。
剣筋こそ鋭いが、予想可能なタイミングであれば対処は容易だ。
一撃目で彼の動きを止め、二撃目で――。
「チッ――」
危険を察知して即座に距離を取る。
攻撃を阻むように現れた敵――生体兵器『ADS-6Λ』の姿に、クロガネは舌打つ。
魔法省の新設部隊。
その正体は、あの男の研究成果を押し込んだ悪趣味なものでしかなかった。