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232話

「ふんふんふーん♪」


 クレープを片手に、軽やかな足取りで華やかな街を歩く。

 フィルツェ商業区の大通りにはスイーツ屋が建ち並んでいて、甘いもの好きにはたまらないスポットとなっている。


 黒を基調としたゴシックパンクな服装。

 ベルトのチェーンを鳴らしながら歩く姿は、一見するとフィルツェの街並みには似付かわしくない。

 だが、少女の放つ異様な存在感が有無を言わさず全てを認めさせていた。


――『戦慄級』裏懺悔。


 無法魔女アウトローの中でも別格の力を持ち、統一政府カリギュラでさえ野放しにせざるを得ない少女。

 行動原理は謎に包まれていて、何を目的に動いているのか誰も知らない。


 だが、彼女は傍観者ではない。

 時折何らかの目的を持って力を振るうことがある。

 それが統一政府カリギュラにとって不利益となるとしても、現状では災害に遭ったと思って呑み込むしかない。


《対象を捕捉――エラー、PCM値測定不能》


 当然ながら干渉は許されない。

 大地を見たところで星の全容を測ることはできないのだ。

 視界に映る地面だけでも途方もないというのに。


「ん~っ! やっぱクレープはチョコバナナだよね~」


 幸せそうに頬張りながら、PCMAピーシーエムエーによる測定など気に留めずに歩いていく。

 その姿は年相応の少女にしか見えず、


「薄気味悪いな」


 尾行を断念して、カラギは背を向ける。

 何をしたところで彼女を測ることはできない。


『試したりしないのか? いつものように』

「まさか。徒労に終わるだけでしょう」


 どうせ意味がない……と、嘆息する。

 ここまで実力が隔絶している相手に何をしろというのか。


「あんな化け物を私に見せて、どうしろと?」 

『なに。主任に昇格したカラギ執行官殿にも、アレは見せておくべきだと思っただけだ』


 通信越しではあるが、嫌な笑みを浮かべていることは容易に予想ができた。

 カラギは眉を顰めつつ尋ねる。


「どうやって居場所を?」

『彼女は足跡を隠す気がないのだよ。その必要がないとも言えるが。極稀に、こうして監視システムが捕捉することがある』


 恐らく統一政府カリギュラも何度か捕捉しているはずだ……と。

 だからといって何か対処するわけでもない。

 その選択が無意味だと理解しているからこそ、余程の愚か者でなければ手出しはしない。


『カラギ執行官。君には彼女がどう見える?』

「見えるも何もないでしょう、アレは。語るだけ馬鹿らしい」


 もし敵対するようなことがあれば、即座に白旗を挙げて降参したいくらいだった。

 自身が戦闘に秀でているからこそ余計に裏懺悔の怖さを思い知ってしまう。


『どんな些細なことでもいい。呼吸や歩き方、食生活……彼女の一挙一動全てに価値があると、そうは思わないかね?』


 既存の煌学では測れない未知の領域。

 そんな裏懺悔に対して、通信相手――フォンド博士は知的好奇心を抱いている。


「思いませんね。アレに興味を持つこと自体が無意味でしょう」


 カラギは肩を竦め、話を続ける。


「聞けば、あのユーガスマ元主任も遊ばれてしまうほどだとか。博士は頭脳明晰なようで、何か見えているのかもしれませんがね。私のような凡人があれこれ考えるだけ無意味でしょう」


 何かに勧誘されているような気がして、距離を取るように否定する。

 踏み込めば後戻りができなくなってしまう。

 フォンド博士の好奇心が危険に思えてならない。


「あぁ、興味といえば。長官から渡された執行対象リストに、気になる無法魔女アウトローがいましたね」


 話を逸らそうと、カラギはつい先日のことを思い出す。

 彼の興味を逸らせるなら何でも良かった。


無法魔女アウトローだと?』

「禍つ黒鉄、だったか。元主任が手を焼いていただけあって、確かに他とは違う"何か"を持っているようで」


 その言葉自体は嘘ではない。

 裏懺悔ほど隔絶した魔女ではないものの、どこか危険な気配を感じる相手だった。


 銃使いの魔女に気を付けろ、と。

 裏社会で囁かれている噂話は魔法省でも把握している。

 規模の大きな事件に関わっていることが多く、経歴は浅いが実績は他の無法魔女アウトローの比ではない。


 と、そこまで考えていると。


「……博士?」


 通信機器の不調かと、カラギは首を傾げる。

 もしくは彼の興味を引けるような内容ではなかったのか、話を逸らそうとしたことに勘付かれてしまったのか。


 だが、それは杞憂に終わる。

 通信越しに、小さく嗤い声が聞こえてきたからだ。


『そうか。カラギ執行官殿にも"アレ"の価値が分かるか』


 フォンド博士は微かに声を震わせながら、珍しく感情を露わにして呟いた。

 狂気と喜びの入り混じった声色に、カラギは己の選択が誤りだったと即座に気付く。


『君から見て、機動予備隊は禍つ黒鉄に通用すると思うかね?』

「戦力だけ見れば上回っているでしょうね」


 逆に言えば、経験やセンスで劣っている。

 状況によっては勝ちを引けるかもしれないが、余程運が良くなければ仕留めることは難しいと考えていた。


「躊躇せず人を殺せる目をしていて……だが、殺人鬼のそれとも異なる。私と対峙した時でさえ、もっと別の何かを見据えているように見えましたよ」


 自分とはまた違ったタイプの"殺し屋"だ……と、カラギは心の中で呟く。

 何もかもが常識外れな裏懺悔と比べ、もっと身近な恐怖を感じられるような相手だった。


「どちらも機動予備隊には荷が重い。せめて経験を積ませてから挑ませるべきでしょう」

『その提案は却下させてもらう』

「でしょうね」


 機動予備隊は被験体のデータ収集も兼ねている。

 魔法省に所属しているとはいえ、フォンド博士の意向を無視することもできない。


『実験体番号0113Δワンサーティーデルタ――今は"ハクア"だったか? アレと禍つ黒鉄の戦闘データが欲しい』

「……分かりました。ミツルギ君に伝えておきましょう」


 カラギは渋々といった様子で頷く。

 何を語ったところで、最終的にはフォンド博士の言葉に逆らえない。

 彼もまた一等市民の一人であって、二等市民のカラギにこれだけ発言を許しているだけでも寛大なくらいだった。


「ですが、私もヘクセラ長官から機動予備隊の面倒を見るよう頼まれているもので」

『好きにするといい』


 その提案はあっさりと受け入れられた。

 データさえ手に入れば、その他のことは特に気にしていないのだろう。


『ある一等市民が、悪党ゴミを使ってゾーリア商業区を手に入れようとしている。その過程で面白い情報を入手した』


 他者の思惑に平然と手を伸ばして掻き乱す。

 それを平然と行えるのが彼という男だ。

 言葉が途切れると同時に、カラギの端末がファイルを受信する。


『それを使って、禍つ黒鉄に襲撃を仕掛けてもらう』

「……これは、魔法省だけでなく政府にも伝えるべき内容では?」


 受け取った情報には、明らかに魔法省にとって管轄外の内容まで記されていた。

 機動予備隊だけに任せるような任務ではない。

 そう思って尋ねるも、


『その必要はない』


 フォンド博士は冷淡な声で却下する。


 一体どのようにして入手したのか。

 そして、なぜそれをカラギだけに共有するのか。

 あれこれ考えて彼の意図を察しようとしたところで徒労に終わるだけだ。

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