23話
「……マジでやるのか」
検問所の列に並び、カルロは呻く。
廃工場での一件は早々に伝わったようで、極めて厳重な警戒体制に入っていた。
待機中に軽く観察したところ――捜査官が五人、執行官が一人、審議官が一人。
内捜査官二名が対魔武器を携行、執行官も当然ながら持っている。
魔法省の実行部隊には"執行官"と呼ばれる戦闘専門職が存在する。
どのような技術を用いたのか、人間ながら魔女と同等の力を持っているらしい。
カルロ自身も現場で遭遇するのは初めてだ。
なぜ密輸班の検問のためにここまでするのかは疑問だったが、その背後にガレット・デ・ロワがいると割れているなら話は早い。
巨悪を吊り上げたいのだ。
彼の所属する組織は、そこらのシンジケートと比べても規模が違いすぎる。
そのためにマッド・カルテルが魔法省に情報を流して、そこから本拠地まで暴こうという魂胆なのかもしれない。
元からスパイとして雇われているのか、或いは土壇場で裏切ったのか。
理由は不明だが、今は目の前のことに集中しなければならない。
カルロは丸腰で待機列に並ばされているのだ。
「……ッ」
執行官の男をじっと見詰める。
黒いスーツを着て、肩には赤色の生地に黒線で五芒星を描いた腕章を付けている。
随分と体格に恵まれている。
彼がただの捜査官だったとしても、取っ組み合いになれば勝ち目はないだろう。
もしバレたら一貫の終わりだ。
抵抗する武器さえ持っていない状態では何も出来ない。
「――次の方、どうぞ」
順番が来た。
捜査官に促されて、カルロは前に歩み出る。
「……」
スーツの上から簡単な手荷物検査をされる。
カルロもこういった状況に慣れているため、触った程度でバレるようなことはない。
急拵えの検問所のためか、ES装置――特殊なスキャニングを行う機器類は準備か終わっていない。
それも予測した上で通信士は合流位置を指定したのだろう。
執行官は他と連絡を取り合っている。
視線がこちらに向いていない内に逃げ出したいところだ。
「それでは――真偽官」
「は、はいっ」
一番厄介な相手だ。
人を欺くことは得意だが、さすがにこの場を口先だけで切り抜けるには厳しい。
「魔法省"魔女名簿"登録魔女、咎人級真偽官――白火の名の下に、公正なる尋問を開始します」
お決まりの文句を並べ立てている。
カルロから見て、この魔女は経験が極めて浅い。
下手をすれば今日が初任務なのではと疑ってしまうほどに緊張した面持ちだ。
そういう手合いこそカモにしやすい。
真偽官は手のひらの上で白い火を揺らめかせている。
「あなたは武器を携帯していますか?」
「いや、何も持ってない」
事実だ。
銃はクロガネに預けている。
弾薬こそ隠し持っているものの、これだけでは何の役にも立たない。
真偽官との問答を上手く躱すことが彼の仕事だ。
疑われないように自然に振る舞え、とだけ指示が出ている
「あなたはこの先に何の目的がありますか?」
「仕事が終わって帰るところだ」
それも事実だ。
内容こそ物騒なものだが、そこに触れなければ表面上は自然な会話にしかならない。
「あなたは手配中の――」
「こんなところで検問なんて、物騒なことでもあったのか?」
質問を繰り返す内に核心を突かれる。
嫌な予感がして、言葉を遮るように質問をする。
「……尋問中ですよ?」
「俺は臆病なんだよ。さっきまで銃声が聞こえていたし、怖くてしかたがねえ」
火は白色のまま揺らめいている。
部外者を装っているものの、実際のところは現場で震えていただけだ。
「そういや、魔法省のデカい車両も見たんだ。あれはただ事じゃなさそうだったが……」
「……危険物を密輸している人がいるそうなんです」
真偽官――白火が嘆息する。
その反応を見て、これは懐柔できそうだと確信した。
「先ほど魔法省の職員にも被害が出たらしくて……」
「そいつは……アンタも若いのに大変だな」
「い、いえ。これが仕事ですから」
緊張を解すように。
その緩みを起点として、意識の中に死角を生み出していく。
気付いた頃には相手にとって"いい人"になっているという算段だ。
「まだ尋問するようなことはあるか? 何でも聞いてくれ」
協力的に見せる。
一皮剥けば後ろめたいもので溢れ返っているのだが、それを感じさせないように取り繕うのだ。
そうすれば――。
「――白火真偽官」
執行官が近付いてきた。
連絡を終えたらしく、検問に加わるらしい。
カルロは内心で舌打つ。
真偽官とのやり取りに意識を取られすぎていた、と。
嫌な予感がしてならない。
「ES装置の準備が終わった。その者から順番に通すように」
視線がカルロに向けられる。
ここでスキャニングを受けてしまえば、さすがに隠し持った対魔弾の存在がバレてしまう。
なんとかしてくれ――と、縋るように視線を後方に向けた時。
凄まじい勢いで、クロガネが検問所を目掛けて駆けてきた。
「無法魔女……総員、戦闘態勢に移行ッ!」
執行官が対魔武器を構える。
わざとらしく空のアタッシュケースを抱えたクロガネの姿を見て、咄嗟に推測できることは一つだけ。
「密輸犯め、強行突破するつもりかッ――」
捜査官たちも武器を構える。
人数では圧倒的に不利――そう思っていたが、当然ながら杞憂だ。
「――『思考加速』『能力向上』」
飛来する無数の銃弾を避ける。
捜査官たちも射撃の腕はかなりのものだったが、単純に弾速が足りていないのだ。
発砲から被弾までの間に軌道を見切って躱している。
――人間業じゃねえ。
魔女なのだから当たり前、とも思えない。
同じ芸当をそこらの無法魔女が出来るなら、社会はもっと荒れ放題になっているはずだ。
その合間に撃ち返して、捜査官の一人が頭に被弾する。
「ひっ――」
白火が声を漏らす。
死の恐怖が間近に迫っているのだ。
彼女の臆病さを利用しない手はない。
「な、なぁ真偽官さんよ。俺は死にたくねえ……」
わざとらしく怯えて見せる。
これだけで、心優しい彼女は同情してくれる。
「もう通ってもいいよな?」
「え、えっと、そうですね。密輸犯も見つかったことですし……」
場馴れした執行官はクロガネに応戦中。
捜査官たちも次々に命を落として、残りは対魔武器を持った二人だけ。
カルロの尋問より味方の援護を優先すべき状況だ。
「……ご協力ありがとうございました」
これで一先ずはカルロの勝利だ。
あとは執行官の技量次第だが――意外なことに、クロガネの猛攻を耐え凌いでいた。
これでは予想していたより時間が掛かってしまうかもしれない。
何か手出しするべきだろうか。
そう考えるも、一瞬だけ目が合う。
グズグズするなと言わんばかりに強く睨み付けられて、カルロは慌てて合流位置に向かう。
File:ES装置
『Ether-Scanning machine』通称ES装置。
魔法物質"エーテル"から放出されるγ振波を照射することで、対象を構成する要素全てをモニターに写し出す機器。
表示する対象を自在に切り換えることができるため、医療現場から事件捜査まで様々な場所で用いられている。