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227話

 翌週、魔法省本部。

 その最上階に向けてエレベーターが上昇していく。


「まさか、復帰初日に呼び出しとは」


 ガラス張りのエレベーターから街並みを見下ろしつつ、捜査官の男――ジン・ミツルギが呟く。

 エスレペスにおけるエーテル公害発生時に部隊ごと巻き込まれ、辛うじて彼のみが生還していた。


 公安部・都市警備課捜査一班の壊滅。

 班員にはユーガスマの孫娘も在籍していた。

 彼女の死によって魔法省最大戦力とされていた彼も離職してしまい、人事部は各部隊の再編に奔走しているという。


 特務部は新たにベテラン執行官のカラギ・シキシマを主任に据え、後任として若手ながらTWLMツウェルムを自在に扱うチェイス・アルバート執行官を副主任として昇格。

 様々な場所で変化が起きている中で、ジンだけが負傷のため活動できずにいた。


「……ッ」


 自分だけが生き延びてしまった。

 あの場でもっとやれることがあったのではないかと、治療中もリハビリ中も自身を苛み続けていた。


 一人で抱えるには重すぎる責任。

 班を預かるという立場にありながら、守るべき班員たちを助けられなかった。

 魔女や魔物を前にして、生身の人間はあまりにも無力だった。


 途中の階でエレベーターが止まる。

 ドアがゆっくりと開いて、入ってきたのは件の特務部特殊組織犯罪対策課主任、カラギ・シキシマだった。


 人間の身でありながら、入念な下準備によって多くの無法魔女アウトローを捕縛してきた実績の持ち主。

 老齢で背も少し丸まっているが、その眼光はゾッとするほどに鋭い。


「おや」


 ジンが一礼すると、彼は目元から僅かに力を抜いて横に並ぶ。

 エレベーターのドアが閉まり、最上階に向けて再び動き出した。


「先のエーテル公害で一人だけ、奇跡的に生き延びた捜査官がいると聞いたが。長官が話していた男は君のことか」

「……よくご存知で」


 あまり触れられたくない話題だった。

 以前特務部に所属していた際も彼の指揮下ではなかったため、こうして話すのも初めてだった。

 感情を表に出さないように努めつつ、ジンは当たり障りのない返答をする。


「件のカルト宗教に関しては魔法省の被害も甚大だった。結果としてユーガスマ元主任と徒花の二名を失うほどの事件に参加して、まあ、生き延びているだけでも幸運と言える」


 無神経な人物に見えたが、励ましの言葉のようにも聞こえる。

 目の前の男を見極めようと話に耳を傾けていると、


「君は、他とは顔付きが違うな」


 カラギは感心したように頷く。

 それは単なる称賛ではない。


「社会という檻に囚われて、大半の者たちは強い意思というものを持たなくなった。二等市民という存在が最たる例だ」


 一等市民と三等市民の間。

 社会生活における不自由はなく、漠然とした不満はあれど行動を起こすほどのものでもない。

 そんな者たちを指して、カラギは目を見開いて言う。


「歪な社会構造によって牙を抜かれ、従順に飼い慣らされている。置かれた環境がおかしいということに、未だに気付けないのだよ」

「……あまり過激な発言は控えたほうがよろしいかと」


 ジンは落ち着かせるように手で制する。

 こんな話を誰かに聞かれてしまってはまずいだろう。


「気にすることはない。魔法省本部が盗聴されるようであれば、それこそ一切の抵抗が無意味になる」


 そう言ってから、カラギは人差し指を立てる。


「ヘクセラ長官は現代の社会構造において最重要人物だ。彼女が健在の間は秩序が保たれるが、政府は……」


 言葉を遮るように電子音が鳴る。

 どうやら最上階に到着したようだ。


「……と、つまらない話をしてしまったな」


 カラギは咳払いをして、意識を目の前のことに切り替える。

 そして何かを感じ取ったように尋ねる。


「さて、ミツルギ君。武器は携帯しているか?」

「……いえ?」


 長官に呼び出されて、武器を携帯していては無礼だろう。

 当然ながら何も持っていない。


「そうか。まあ頑張るといい」


 そう言って、カラギはエレベーターの端に避ける。

 疑問に思っているとドアが開き始め――。


「――ッ!?」


 同時に刃物を持った少女が襲い掛かってきた。

 ジンは驚きつつも冷静に、その動きを観察しながら対処に移る。


 背丈は小柄な方だ。

 襲撃の際の身のこなしは手慣れているようで素早い。

 やや前傾姿勢で、下から斜め上に向けての軌道で刃先を突き出す。


 まるで初めからジンが乗っている場所を知っていたかのような、迷いが一切ない動きだ。

 エレベーターのドアが開いた時には既にこちらに視線を向けていた。


 狙いは心臓。

 体を軽く捻るだけで負傷は避けられる。


 最小限の動きで躱し、そのまま少女の手を取って抑え込もうとするが――。


「や、やめてくださいっ!」


 凄まじい腕力で振り払われ、そのままエレベーターの壁に叩きつけられてしまう。

 即座に相手が魔女だと理解したが、今は対魔武器を携帯していない。


「そういうことか……ッ」


 エレベーター端でニヤニヤと笑うカラギを見て気付く。

 どうやら彼はこの事態を予想していたようだ。

 だというのに、何か行動を起こす様子は窺えない。


 なぜ魔法省の最上階に魔女がいるのか。

 ヘクセラ長官は無事なのか。

 そんなことを考えながら、一先ずエレベーターの外に転がり出て体勢を立て直す。


 武器もなしに、魔女相手に近接戦を挑むのは無謀だ。

 人間と肉食獣以上の差がある。

 かといって距離を取りすぎると、今度は魔法を使う機会を与えることにも繋がる。


 相手が近距離専用の魔法を持っているなら追ってくるはずだ。

 そうでなければ、再びエレベーターに突入して攻勢に出る――そう考えていた時、視界の端に白い影が映る。


「召装――"アクセラレート・ランス"」


 手元に白銀の槍を呼び出して、白髪の少女が距離を詰めてきた。

 他にも魔女がいるとなればさすがに勝算は無い。


 それでも咄嗟に身を反らして突き出された槍を躱し、倒れそうになる体を捻って蹴り返す。

 だが、簡単に受け止められ、そのまま軽く押されて地面に転がされてしまう。


「くっ――」


 只者ではない……と、これまでの経験から判断する。

 魔女ということを加味しても、近接戦闘の練度は極めて高いように思えた。

 首筋に添えられた刃がひんやりとジンの思考を研ぎ澄ませていく。


「そこまでだ」


 部屋の奥からヘクセラの声がした。

 どうやら彼女が自分を襲わせていたらしい。

 困惑するジンを見下ろして、ヘクセラは「思いの外、健闘していたな」と称える。


「長官……これはいったい?」


 室内には最初の二人以外にも武装した者たちがいた。

 計六人がヘクセラの指示で待機状態に入っている。


「彼らは特務部に新設される機動予備隊のメンバーだ。CEMケムとの共同研究も兼ねているが、基本的に他の捜査官たちと扱いは変わらない」


 よく見れば、それぞれに人間とは異なる特徴があった。

 最初に仕掛けてきた小柄な少女は瞳が紫色で、次に交戦した少女は髪も肌も真っ白だ。

 他にも気になる人物はいたが、全部挙げていてはキリがない。


「やはり気になるか? その端末に彼らについてデータを転送しておいた」

「……自分に、ですか?」


 疑問を抱くジンに、ヘクセラは早速本題を伝える。


「先ほど部隊を新設すると言っただろう。君を呼んだ理由がそれだ」


 ただ部隊に編入させるわけではない。

 彼のもとに機密とも言える班員のデータを送ったとなれば――。


「ジン捜査官。君にはこの機動予備隊を率いて、凶悪な犯罪組織に立ち向かって欲しい」


 機動予備隊長という肩書きを任せるために呼び出した。

 エーテル公害による捜査一班壊滅の責任を問われるかと思っていた彼にとっては、想像していたことと真逆の展開だ。


「……なぜ、自分なのでしょうか」


 未だ重い事実を受け止めきれていないというのに。

 班員を失って、自分だけ生き延びてしまったというのに。


 そんな彼に、ヘクセラは首を振る。


「ユーガスマ元主任の推薦だ。例の事件について、レコーダーの記録を確認した上で判断したそうだ」

「主任が……」


 エーテル公害発生時、周囲を魔物に囲まれた絶望的な状況の中でのジンの優れた判断力。

 結果的に失敗に終わってしまったとはいえ、生身の人間がそこまで耐えられただけでも奇跡という他ない。


「機動予備隊の実力は体感しただろう? このメンバーであれば、あのような異常事態でも対処が可能だ」


 ヘクセラも同様の評価をしているようで、先の一件を咎めようという様子はない。

 事実として、自分が同じ状況に投げ出されたらジンのように指揮できる自信はなかった。


「あぁ、それで私を呼んだということですか」


 沈黙していたカラギが口を開く。

 公安部から特務部に身分異動を行うため、主任である彼が呼ばれたようだ。


「カラギ執行官。彼らにはユーガスマ元主任が当たっていた特殊任務を遂行してもらうつもりだ」

「それで、ジン・ミツルギ捜査……隊長の相談役になれと、そういう理解で?」

「そういうことだ」


 ヘクセラが頷く。

 いかに優秀な人材を揃えたとしても、熟練した執行官と比べると機動予備隊のメンバーたちはまだまだ若い。


「承知しました。長官の頼みであれば引き受けましょう」


 現場にも慣れている彼ならば相談役として相応しい。

 結成直後の部隊に適切なアドバイスを与えられるはずだ。


「元主任が現役であればよかったんですがね」


 カラギは肩を竦めて嘆息する。

 機動予備隊の戦力も中々のものだが、個として完成されたユーガスマには及ばないと考えていた。


「本当に……彼は今、何処にいるんでしょうかね?」


 穿つような疑心の目。

 急速に変化していく社会に激しい疑念を抱いていた。

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