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224話

――ディープタウン下層部、D-5区画。


 悪党たちが集う街。

 行き交う者は大半が悪党で、残りは人身売買などの商品くらいだ。

 真っ当な人生を送っていればこの場所に辿り着くことはない。


 クロガネは何度もこの場所を訪れているが、部下たちは初めてディープタウンに足を踏み入れた。


「いい街ね」


 マクガレーノが呟く。

 至るところから視線を感じる。

 この街に相応しい人間かどうかを品定めされているような気分だ。


「……あまり長居したいとは思えないな」


 反対に、ロウは緊張した面持ちで歩みを進める。

 少しでも隙を見せれば即座に殺されかねない。

 迂闊な行動を取らないようにしつつ、極力仲間たちから離れないようにしていた。


 そんな二人など気にも留めず、屍姫はクロガネの後ろ姿をじっと見つめている。

 会食のため黒スーツに身を包んだクロガネに夢中なようで、自身は露出の高いドレスを着て付き従う。


 行き交う人々に警戒しながら一同は目的地に向かう。

 アダムから指定された座標には、ディープタウン内でも屈指の高級レストランがあった。


――トレゾール・ベルユール。


 入口には屈強な男と無法魔女アウトローが立っている。

 用心棒に金を惜しまず注ぎ込めるのだろう。

 警備体制は厳重で、もし誰かに狙われたとしても大半は返り討ちにできることだろう。


 この店も他組織の所有する建物で、オーナーはハンナ・ベルユールという女性。

 彼女の家名を冠してた看板が掲げられている。


 犯罪シンジケートというわけではないが、真っ白な経営をしているというわけでもないらしい。

 そうでなければディープタウンに招かれることはない。

 とはいえ、その素性は今回は関係のないことだ。


 クロガネたちに気付くと、用心棒の無法魔女アウトローが近付いてきた。


「ご予約は?」

「アダム・ラム・ガレットから招待された」

「……少々お待ちください」


 背を向けて来客簿を捲る。

 そんな彼女の後頭部に銃口を突きつけ、


「早く案内して」


 潜んでいる刺客に警告するように殺気を撒き散らす。

 この街にはラプラスシステムの監視もない――『探知』によって潜伏場所を割り出すことも簡単だ。


 アダムは人を試すことを好んで行う。

 その結果、相手が命を落としたとしても"その程度のヤツだった"で済ませてしまう。

 彼と対峙する際は、こういった会食の場でさえ気を抜けない。


「……承知致しました」


 用心棒たちが観念したように武器を捨てる。

 事前に用意されていた"もてなし"は中止となってしまったが、本来の仕事に戻るだけだ。


 建物は三階建てになっており、上の階ほど予約を取ることが困難になる。

 それは金銭的な意味だけではない。

 このトレゾール・ベルユールに相応しい客――悪党でなければ、どれだけ金を積んだところで断られてしまう。


 そんな高級レストランの最上階に、当然のようにアダムが待ち構えていた。

 座席の後にアーベンス、ハーシュ、そしてカルロを控えさせている。


 互いに銃口を向け合って、その技量を測る。

 この一瞬で相手がどれだけの能力を持っているのか分かるのだ。

 もちろん銃の扱いに限った話ではない。


「おぉ? また腕を上げたか?」


 アダムは愉快そうに銃を下ろす。

 試し行為とはいえ、彼の愛銃には特級-対魔弾『死渦しか』が込められている。


 もし隙を見せれば躊躇せず撃ってきたはずだ。

 自分と対峙するに相応しくない人間であれば彼は容易く殺してしまう。


 今回も合格のようだ。

 そう思っていたが、アダムの殺気が膨れ上がっていく。


「――なぁ、お前さん」


 銃を構えず、静かに目を瞑る。

 そしてゆっくりと息を吐き出してから目蓋を持ち上げ、今度は一切偽りのない"本物"の殺気を放つ。


 鋭い眼光。

 睨むだけで場を支配する重圧。

 裏社会で名を轟かせるアダム・ラム・ガレット本来の姿だ。


 殺気を浴びながら、クロガネも銃を構えずに対峙する。

 対等だと主張するように――否、隙を見せればこちらから仕掛けると言わんばかりに殺気を放ってアダムを見据える。


「そいつら使って何をするつもりだ?」


 殺し屋として裏社会を渡り歩いてきたクロガネが、今はこうして自分の手駒を揃えている。

 個人では成し得ないような"何か"を望んでいるのは考えるまでもない。

 もしディープタウンにおける覇権争いに参加するようであれば、いずれ衝突する可能性もある。


 いつ殺し合いに発展してもおかしくないほど、室内は剣呑な空気に満たされている。

 互いの部下たちが銃に手を添えてしまうほどに。


「富や名声に眩むような俗物じゃねえ。だからといって、殺しを楽しんでいるようなジャンキーにも見えねえ」


 金銭的な面で困っているわけではない。

 殺し屋として名が知れ渡ったことも手段の一つに過ぎない。

 これで快楽殺人者であれば話は明快だったが、仕事中にそういった素振りを見せることもない。


「お前さんは良くも悪くもビジネスライクな人間だ。これまでのことも全て、何か目的があってやってるんだろ? なぁ?」


 彼の観察眼をもってしても、その目的が見えてこない。

 会ってきた中でも類を見ないタイプの人間だ。


 クロガネからすれば"元の世界に帰りたいだけ"という単純な理由があるだけだ。

 手駒を揃えたこともそのための準備に過ぎない。

 とはいえ、それを正直に伝えたところで意味はなく、そういった回答を彼が求めているわけでもない。


「教えてくれよ。お前さんの目的をよぉ」


 鋭い眼光で、アダムは黙したまま睨むようにこちらを見詰めている。


 一触即発の状況で、クロガネは遠慮せずに席に着く。

 回答は至ってシンプルだ。


「私は私がやりたいようにやるだけ」

「おぉ?」


 その過程でどれだけの命を奪ったとしても構わない。

 ここは自分と関係のない世界であって、心を傷ませる必要もない。

 そう割り切っているからこそ、物事に私情を挟まず進められる。


「邪魔するヤツがいたら殺す。目的の邪魔をさせないために……この組織も、そのための手駒でしかない」


 必要があれば組織の拡大を考えるかもしれない。

 だが、この組織――カラミティ自体が目的として存在しているわけではない。

 手段の一つとして用意しただけであって、ディープタウンで成り上がろうという野心は無い。


「その目的ってのは何だ?」

「知りたいなら対価を提示して」


 相手がアダムであろうと譲歩は一切しない。

 一つの組織を率いる者として、あくまで"対等"というポーズを崩さずにいる。

 殺気立っているアダムを前にしても、細かな所作の一つにさえ影響は出ない。


「だろうな。お前さんは"そういう"人間だ」


 アダムは肩を竦め、脱力したように姿勢を崩す。

 同時に殺気も消え去った。


「つまらねえ試しは今日までだ」


 成長はとっくに合格点を超えている。

 これまで様々な仕事を依頼して、その全てを完遂させた。

 それだけでなく、時にはアダムの想像以上の成果さえ挙げてみせた。


 だが、首領としての能力はどうか。

 ガレット・デ・ロワという巨大な組織を前にして、十分な振る舞いができるのか。


「あぁ、今のお前さんは文句なしに一流の悪党だ」


 あのアダムから対等な友人として認められた。

 それは裏社会においても大きな意味を持つ。

 カラミティに手を出せばガレット・デ・ロワの恨みも買うことになる――そんな状況で仕掛けてくるような組織などほとんどいないだろう。


 当然、その逆も然りだ。

 クロガネからしてもアダムとの繋がりは有益なもので、必要があれば手を貸すつもりでいる。

 ガレット・デ・ロワに手を出せば戦慄級の魔女を敵に回すことになるのだ。


「おぉ、そうだ。会食の場で待たせちまったら恨まれるよなぁ。メシの時間にするか」


 アダムは思い出したようにベルを鳴らし、係員に料理を運んでくるように伝えた。

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