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223話

「……"何か"いる」


 先ほどよりも鮮明にノイズを知覚する。

 漂っているエーテル粒子が乱れ、歪に振動しているように見えた。


 微かな頭痛を伴う不快感。

 魔力の欠乏状態に近いようだが、クロガネ自身は万全の状態だ。

 それ以外の異常は見られない。


『魔物かしら?』

「違う」


 マクガレーノの問いを否定する。

 この気配に一度だけ遭遇したことがあった。


 予想が当たっていたとすれば厄介な事態だ。

 なぜこんなものが、ただの廃ビルに紛れ込んでいるのか。


 警戒しつつ、感覚を研ぎ澄ませ――。


「――ッ!」


 暗闇から飛び出してきた"何か"を捕捉し、その四肢を銃で撃ち抜く。

 狙いは寸分の狂いもなく、敵の自由を奪い取った。


 現れたのは、魔女でも魔物でもない"何か"だった。

 色素を失って灰色に染まった肌に、爛々と狂気を宿す蒼い瞳。

 変質した特異なエーテルを身に纏っている――正体不明の、敵対的な生命体。


 知性は感じられない。

 外見は少女のようだが、這い蹲ったまま獣のように喉を鳴らしてこちらを狙っている。


『魔女……でも、なさそうね』


 エーテルに耐性を持つ魔女が魔物化することはない。

 かといって、人間がエーテルに蝕まれた場合はここまで原型を保つこともない。


 観察していると、傷口が再生していく様子が見えた。

 生命力も極めて高いようだ。

 もう何秒と経たずに立ち上がることだろう。


 その前に、クロガネは"何か"の頭部を撃ち抜く。


「自然に起きるような変異じゃない。これは――」


 非道な研究によって犠牲となった無法魔女アウトロー

 真兎の姉である結因――彼女が変異した際の姿に酷似していた。



   ◆◇◆◇◆



「どうやら末端からこちらの勢力を削ぐつもりだったようだ」


 ロウが嘆息する。

 売人として縄張りの内側に紛れ込むことで、独占されていた市場を荒らそうとしていたのだろう。

 襲撃の際に奪った粗悪なクスリを見詰める。


「極めて依存性が高い……それも、安全性を度外視した成分調整になっているな」

「アタシたちの収入源を潰すことしか考えていないみたいね」


 マクガレーノは肩を竦める。

 どう見ても商売として成立するようなものではない。

 ゾーリア商業区を手に入れるためとはいえ、あまりにも乱暴なやり方だ。


 敵対するデンズファミリーは中規模のシンジケートだ。

 各地に火器類の製造拠点を持ち、輸送ルート確保のためにこの街を欲しがっている。

 これまで多くの地域を武力によって取り込んできた、正しく無法者アウトロー集団といっていい組織だろう。


「いずれ喧嘩を吹っかけてくるだろうとは思っていたが……」


 ロウは元々デンズファミリーに脅しをかけられていた。

 もしクロガネから声が掛かっていなければ、今頃は輸送ルートの中継地点として都合良く使われていたことだろう。


 今回も強引に縄張りを拡大するつもりなのだろう。

 だが、こちらにも戦力が揃っている。

 抗争を望むのであれば、真正面から捻じ伏せてしまえばいい。


「クロガネ様が警告したというのに、それでも手を出してくるなんて」


 許せない……と、屍姫が憤慨する。


――ゾーリア商業区は"禍つ黒鉄"が買い占める。


 アラバ・カルテルで遭遇した幹部構成員に言い放った言葉だ。

 事情は三人とも知っており、また周辺地域のシンジケートにも噂話として流れている。


 戦慄級の魔女が自ら組織を作り、縄張りを築いた。

 容易に手出しできる状況ではない。

 表面上は各シンジケートとの関係も良好で、表立って敵対する組織といえばデンズファミリーくらいだった。


「メンツを潰されたのがよほど効いたんでしょうね」


 組織幹部であるロシオ・ゼアを遣わせての恫喝。

 傘下に収まらなければ武力で叩き潰すという脅し文句を、そのままクロガネから返された形になる。

 この話が外部に漏れているとすれば、デンズファミリーも黙ってはいられない。


 放置すれば裏社会における立場が揺らぎかねない。

 脅されて引っ込む程度の組織だと認知されてしまえば、狩られる側として標的にされるリスクを抱えることになる。


 当然、それだけではない。

 メンツを潰されて黙っていられるような人間は、そもそもこれほどの規模まで組織規模を拡大できないだろう。

 野心のない悪党は精々が下っ端止まりだ。


「本当に、救いようのない人たちです」


 屍姫はデンズファミリーについての調査報告書を投げ捨てる。

 確かに影響力のある組織ではあるが、


「クロガネ様を敵に回そうだなんて、頭に生ゴミでも詰めていなければ思い付かないような愚案です」


 結果は既に出ている。

 抗争となれば、カラミティが負ける要素は一つもない。


 クロガネが前線に立つという情報だけで、大半の無法魔女アウトローは依頼を断ってしまうだろう。

 大罪級クラスでようやく支配領域内でも魔法が使えるようになる。


 それでも反魔力による減衰は避けられない。

 格の高い魔女ほどその優位性を知っているのだから、外部から戦力を補充することは難しい。

 とはいえ、デンズファミリー自体も相応の戦力は有しているはずだ。


「……そろそろ時間か」


 ロウはゆっくりと深呼吸をして小さく呟く。

 そして、気が重い様子で席を立つ。


 クロガネの傘下に収まって、黎明の杜を壊滅させ。

 正式に組織としてディープタウンにも迎え入れられたことで、カラミティに対して一通の手紙が届いたのだ。


 それは、ガレット・デ・ロワ――悪名高いアダム・ラム・ガレットから、互いの組織幹部を交えての会食の誘いだった。

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[気になる点] クロガネ様が普段何をとこで食べるのが気になる
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