221話
お待たせしました。
本日より新章開始となります。
併せて屍姫のイメージソングをYouTubeで公開しましたので、よろしければそちらもぜひ。
→https://youtu.be/l33zvda0Fbs
完全管理社会の実現。
統一政府によって"一望監視制管理社会"政策が施行され、世界の形は大きく変化した。
人々の暮らしは常時記録され続ける。
様々な場所に設置された煌学監視装置が、プライバシーという概念を消失させて情報を政府に送信し続けている。
世界全体を監視システムによって見渡し、危険因子を割り出して身柄を拘束するための措置だ。
まともに生きている一般市民にとって表面的な変化は何もない。
多発したテロ行為を恐れた市民たちにとって、その建前を呑み込むことに抵抗はなかった。
とはいえ、その実現には多くの課題があった。
世の学者たちが口を揃えて"不可能だ"と論じるほどに。
社会全体を観測し続けるというものだ。
それほど膨大な情報を常に整理し続けられるほどの人工知能など存在しない。
また、その規模で情報を収集するためには煌学エネルギーも莫大な量が必要だ。
秘匿されたラプラスシステムの存在。
統一政府に名を連ねる筆頭議員か、あるいは限られたごく少数の一等市民のみがそれを知っている。
「自由を謳歌する権利……中でも筆頭議員は、権能とも呼ぶべき絶対的な力を持っている」
ソファーに寝転がりながら少女が呟く。
豪華な調度品を並べた室内に、似つかわしくない怠惰な顔で。
それでも作り物めいたきれいな容姿をしているせいかで、まるで絵画の一枚のようにも見えてしまう。
――セレネイア・ゲヘナ。
一等市民居住区に住まう権利を持つ少女。
普段出歩く際は仮面を付けているが、それでも透け見えてしまうほどに令嬢としての品格と美貌を備えている。
彼女が金銭に困ることは無い。
一般市民とは隔絶された高い生活水準を、今後何百年と続けたところで財産が尽きることもない。
だが、世の誰もが憧れるような暮らしに彼女は飽き飽きしていた。
「あまりにも退屈」
これも美味しくない、とひと齧りしたマフィンを皿に戻す。
さすがに食べ物を投げ捨てるほど倫理観は死んでいなかったが、それ以上は手を付けるつもりもなかった。
召使いたちに押し付ければ、休憩室で喜んで食べることだろう。
本来ならば人生で一度も味わえないような高級菓子の数々を、この屋敷で働いている者たちは手に入れられる。
お溢れに群がる姿は滑稽だと少女は嘆息する。
「けれど……」
一枚の写真を取り出す。
そこに映っているものは、二丁の銃を持つ無法魔女。
じっとその姿を見つめ、
「あなたなら、私を楽しませてくれるかしら?」
恋い焦がれる少女のように頬を染めた。
◆◇◆◇◆
――ゾーリア商業区、ルード街。
無法者が自由を謳歌する街。
その荒れようから未だ魔法省の捜査は入らず、一望監視制管理社会の実現後も変わらず治安の悪さを保っている。
それだけ多くの悪党が潜んでいた。
迂闊に捜査の手を伸ばせば酷い目に遭うことだろう。
特に現在は、この地区を巡って犯罪シンジケートが熾烈な抗争を繰り広げている。
│縄張り(シマ)を奪い合うためなら手段を選ばない。
たとえ無関係の人間が巻き込まれたとしても――それが、この無法者の街におけるルールでもあった。
表社会に紛れ込んだディープタウンのようなものだ。
この街を欲しがる者は極めて多い。
欲望渦巻く街の中で、クロガネが曲がり角で足を止める。
「――見つけた」
気付かれないように身を隠しつつ、コートの内側に仕込んだ銃に手を添える。
視線の先、約二十メートルほどの場所に怪しげな集団がいた。
その中心では何か小さな包みを持った男が金銭を受け取っている。
路地裏で近頃行われている薬物の密売。
それも、以前流通していた粗悪な煌性発魔剤を改良したものらしく、余計な成分を取り除いたことで性能はオリジナルに近くなっている。
末端の売人を捕まえたところで意味はない。
こういった輩はシンジケートから持ち掛けられた儲け話に乗っているだけで、大した情報も握っていない。
その場で始末して仕事は終わりだ。
とはいえ、相手も裏社会で生き伸びてきた人間だ。
敏感に危険を察知したらしい。
「ターゲットが逃走。追跡する」
気付かれたなら身を隠す必要もないだろう。
クロガネは即座に駆け出す。
『その先は街道になっているわ』
通信機越しにマクガレーノが伝達する。
高性能ドローンによって上空から支援するのが彼女の役割だ。
ゾーリア商業区でも、さすがに表通りで堂々と殺しを行うような者はいない。
売人の男もそれを分かっていて逃走ルートを考えたのだろう。
随分と手慣れている様子だ。
『近くに仲間がいるのかもしれないわね』
単独で行動する者は少ない。
必ずフォローに入れるように仲間が潜伏しているはずだ。
売人の命はともかく、品物を奪われることだけは避けなければならない。
こういった非常時に対応できるように、息を潜めつつ銃を懐に忍ばせて――。
「――邪魔」
銃を抜かせる暇も与えずに、クロガネは潜伏していた協力者を撃ち殺す。
一見すると路地裏に屯っている三等市民のようだが、身に纏っている殺気を隠しきれていない。
そうでなくとも『探知』を使えば容易に暴くことができる。
だが、この場では魔法の使用を抑えたかった。
碌な時間稼ぎもできず、売人の男は焦ったように街道に出ることを諦める。
そのまま直進しても追い付かれてしまうと考えたらしく、途中で廃ビルのドアを蹴破って中に逃げ込んだ。
『罠ね』
マクガレーノが断言する。
建物内を見るまでもなく分かるらしい。
こういう手合いは弱みを晒したフリをして誘い込むのが上手い。
腕の立つ用心棒でも控えているのだろう。
初めからそのつもりで、こちらを罠に嵌めるため動いていた可能性も考えられる。
「突入する」
『了解。入口を下っ端に張らせておくわね』
横槍が入らないように。
そして、残党が逃げ出さないように。
これは殺し合いではなく、ただの狩りでしかない。
モニターを眺めながらマクガレーノが笑みを浮かべる。
自分はこれ以上とないボスの下につけたのだ。
あまりに魅力的な任務の数々に、今後のことを考えるだけでも退屈しないくらいだ。
圧倒的な戦力を保有し、ディープタウンにおいても名を轟かせる。
災禍の名を冠する新進気鋭の犯罪組織。
それが、クロガネの立ち上げたシンジケート――"カラミティ"だった。