22話
敵対者はもういない。
静まり返った廃工場内で、生存者は二名のみ。
「品物は無事なの?」
「あ、あぁ。傷一つないはずだ」
カルロは念のため……と、アタッシュケースを開いて見せる。
そこにあるのは計五十発の弾薬だった。
「対魔弾……それも特上の奴だ」
その核として用いられているのは"戦慄級の魔物"の心臓だという。
人間が魔女に対抗し得る唯一の武器。
その中でもこれは極めて威力の高いもので、一発で家が建つほどの代物だという。
「……へえ」
弾薬としては、クロガネの錬成したものより上だろう。
とても魅力的な品だったが、さすがに強奪までする気は起きない。
全て片付いた、とクロガネは銃をしまう。
「……なあ、アンタは何者なんだ? ボスから依頼を受けたのは分かるんだが」
あまりにも異質すぎる、と。
味方としては勿論心強いことこの上無かったが、出自の不明な魔女と行動を共にするのも気が休まらない。
問い掛けるも、詮索は許さないといった様子で無言を貫いていた。
「そうかい、分かったよ」
カルロは肩を竦める。
どちらにせよ助かったことには変わりない。
薮蛇をつついているよりも、先ずはアダムの元に戻るべきだろう。
「魔法省の検問が敷かれているはずだ。本当ならマッド・カルテルに逃走ルートを用意させたいんだが……」
裏切りの可能性がある。
串刺姫はマッド・カルテルからの依頼で横槍を入れてきたのだ。
対魔弾を回収して、さも魔法省に制圧されたように"演出"するように指示が出ていたという。
「車はあるの?」
「ガラクタみたいなやつならな」
カルロは嘆息する。
移動に不便はしないだろうが、廃材の塊のような見た目では運転していて気分が乗らない。
それに、検問を抜けるにしても強行突破しなければならない。
廃工場での一件は早々に伝わるだろうし、到着する頃には検問が強化されていることだろう。
「魔法省の包囲網を抜けなきゃならねえ。クソ、面倒だな」
突破する際に車を記録されてしまえば、道中どころか本拠地まで魔法省に狙われ続けることになる。
さすがにそこまでの失態は犯せない。
「……」
クロガネは通信用の端末を取り出す。
状況報告をして、その後の支援を求めるべきだろう。
『こちらはアルタール第二製造所。ご用件を――』
「通信士。合流した」
いちいち自動音声の確認に付き合っている暇は無い。
行動は早い方が良い。
一呼吸ほどの間が空いてから、回線が切り替わる。
『――了解した。ブツは無事か?』
「品物に問題無し。四人死亡、一人生存」
『――そうか』
補佐を専門とする部門だ。
状況報告をすれば、的確な支援を行ってくれるだろう。
「もうじき検問が強化されるみたい。外側で足を用意できる?」
『ベルナッドを引き返させよう。五分以内に待機位置の座標を送信する』
スムーズな仕事振りだ……と、クロガネは感心する。
後は"仕事"をするだけだ。
「そのアタッシュケースは邪魔になるから捨てて」
「どういうことだ?」
「弾はポケットにでも入れておけばいい」
そんなものを大切そうに抱えていたら目立ってしまう。
検問所を通る際に不要なものは捨てておきたかった。
カルロは意図を察してアタッシュケースから手早く取り出す。
だが、さすがに無防備な状態でポケットに放り込むのは抵抗があった。
「……コイツがあれば孫の代まで遊んで暮らせるんだぞ」
「どうでもいい。早くして」
クロガネには興味の無い話だ。
移動の準備が終わるまでの間に、捜査官たちの装備や串刺姫の装飾品類を回収する。
依頼の報酬以外でも稼げるに越したことはない。
「……」
倫理観の欠片もない行いだ。
もし同じ力を持っていたとしても、こんなことは元の世界では絶対にしないだろう。
この世界では何をしても構わない。
自分の居場所ではなく、特に思い入れも無い。
味方を作るつもりもなければ、誰かに信頼されるような立ち振舞いをするつもりもない。
あるのは利害関係のみ。
日々の糧を得るために仕事を受けるだけだ。
そういった意味では、裏懺悔と敵対せずに済んでいるのは都合が良い。
そして何より、原初の魔女へ供物を用意できる。
今回の戦闘でかなりの人数を殺せたはずだ。
この程度で足りるとは思っていないが、少なくとも前進していることは確かだ。
魔女が蘇り、異界への扉が開かれる。
その後にこの世界がどうなろうと知ったことではない。
「おい、準備できたぞ」
微かに脚を震わせながらカルロが声をかける。
結局、観念してそのままポケットに放り込んだらしい。
「座標が送られてきた。先行して検問所に向かって」
「何か良案でもあるのか?」
クロガネを訝しげに見詰めてみるも、視線は一切揺るがない。
よほど自信があるのだろうとカルロは肩を竦める。
「……分かった、アンタを信じよう」
従う以外に選択肢はない。
年下だと侮れない威圧感を放っていて、頷かざるを得なかった。
「俺は何をすればいいんだ?」
「車は捨てる。歩いて検問を受けに行って。そこで適当に芝居を打ってもらうから」
大雑把に説明をして、あとは臨機応変に対応するように……とカルロに伝える。
クロガネは、彼が常に周囲の様子を窺うように目を動かしていることに気付いている。
よほどの事がなければ上手く合わせてくれるだろう。
「検問所を通ったら座標の位置に向かって」
「アンタはどうするんだ?」
「すぐに追い付く」
追手を付けられずに突破する方法など幾らでもある。
その中でも、ガレット・デ・ロワに厄介な虫を押し付けないで解決できる手段を選んだ。
そしてそれは、クロガネ自身にとっても都合の良いものだった。
File:特級-9mm対魔弾『死渦』
弾頭に特殊な内部構造をした核を取り付けた対魔弾。
戦慄級『死海の渦』という魔物の心臓片を核に埋め込んでおり、被弾した魔女は一時的に反魔力を乱される。




