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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
219/326

219話

「……チッ」


 酷い頭痛だ。

 持ち得る魔力全てを費やして、本来ならば召魔律ゴエティアのコアを破壊するつもりだった。


 結果は失敗に終わった。

 まさかアグニが身を挺して阻止するとは思わなかった。

 魔力を使い果たした状態で身動きが取れず、クロガネはその場に膝を突く。


 だが、全てが無駄だったわけではないらしい。

 消耗を省みない全力の一撃によって魔法障壁を破り――ラプラスシステム本体に『反動リバウンド』によるダメージを与えられた。


 ほんの僅かな時間だが、戦闘支援を阻害する形となった。

 復旧までアグニは独力で召魔律ゴエティアを相手にしなければならなくなり、途中で致命傷を負ったことでさすがに敗走を選んだらしい。


 去り際に一度だけこちらに視線を向け、


「……やっぱり、キミは魅力的だ」


 口元の血を拭いながら、珍しく真剣な眼差しで呟く。

 直後に『空間転移』が発動してアグニの姿が消え去った。


 思わぬ形でアグニを退けられた。

 安堵すると同時に、クロガネは『疑似・限定解除』による消耗に呻く。


 召魔律ゴエティアは未だ上空で緩慢に翼を揺らしている。

 先ほどの一撃だけで全ての魔力を使い果たしてしまった。

 そもそもが漁夫の利を前提とした攻撃で、あの場で仕留めることで魔力を回復する算段だった。


 とてもだが、実戦で扱える出力ではない。

 立ち上がる気力さえ湧かないほどだ。

 この規模の魔法を自在に操れるようになるには、一体どれだけの命を奪えばいいのだろうか。


「……」


 大災禍級の魔物がこちらを見据えている。

 易々と命を手放すつもりはないが、今の自分に対抗手段が無いのも確かだ。


 アグニが撤退した今、召魔律ゴエティアを殺せる者など――。


「よーっす、なんか楽しそうなことしてるね~?」


 出番を待っていたかのように裏懺悔が現れる。

 膝を突いているクロガネに手を差し出して、にへらと笑みを浮かべた。


「……ずっと見てた?」

「まさか。偶然通りがかっただけだよ~」


 裏懺悔は「運がいいね~」と呑気に言う。

 上空で浮かんでいる召魔律ゴエティアなど気にも留めていない様子だ。


『誤リ――不詳、異端ニ脅威』


 コアの周囲に無数の魔法陣を出現させる。

 先ほどまでアグニが削っていた防御壁を再度展開させているらしい。

 生物が自然治癒によって回復するように、体を魔法によって補っているのだ。


 それを阻む者は誰もいない。

 十分な強度までコアの守りを固めると、今度は地上に向けて高出力の熱線を放つ。


――魔法生命体"召魔律ゴエティア"


 遥か昔に存在した凶悪な魔物。

 七十二名の魔女を犠牲にすることで呼び出せる悪魔。

 存在としての格は大災禍級相当だが、当時どのようにして命を落としたのだろうか。


 中心部のコアは遺物などではなく、恐らく心臓か何かだったのだろう。

 蘇生するための下準備として宿主に力を分け与えていたに過ぎない。


 かといって、抜け殻となった氷翠から魔力が失われたわけでもないらしい。

 彼女は儀式の直前までと変わらない魔力反応を持っている。

 

 その生態に関しては謎が多く残るが、何はともあれ。


「もー、今クロガネと話してるんだから邪魔しないでよ~!」


 熱線を平手打ちで消し飛ばし、裏懺悔が頬を膨らませる。

 彼女が来た時点で全て解決してしまった。


「ちょっとお仕置きしてくる!」


 そう言って空高く跳躍すると、そのまま召魔律ゴエティアに襲い掛かる。

 勝敗は見届けるまでもないだろう。


 それよりも今、気がかりなのは――。


「……」


 少し離れた場所に見慣れない仮面を付けた者たちがいた。

 アグニのものとデザインが似ているが、よく見れば細部が異なっている。

 統一政府カリギュラに名を連ねる筆頭議員なのだろう。


 気を失った氷翠を抱えて、そのまま『空間転移』によって去ろうとしていた。

 漁夫の利を狙っていたのは自分だけではないらしい。


「氷翠様を返し――がふッ!?」 


 一人の議員が、生身の人間とは思えない動きで横腹を蹴り飛ばす。

 なおも縋り付こうとする啓崇を鬱陶しそうに払い除け、今度は執拗に痛め付ける。


「一等市民に歯向かうなど愚かなことだ」


 先頭に立っていた議員が侮辱するように顔を踏み付ける。

 それでも啓崇は必死に手を伸ばして、氷翠を取り戻そうと抵抗している。


 奪われるだけの弱者。

 運命に抗おうとしたところで、その資格がなければ結末はこんなものだろう。


「指定された魔女を確保した」

《要請確認――承認。転送収容します》


 目の前で議員たちが氷翠を連れ去ってしまった。

 この後はラプラスシステムの一部として繋がれることになるのだろう。


「……っ」


 その光景に泣き喚くわけでもなく。

 啓崇はゆっくりと立ち上がって、先ほどまで氷翠がいた場所を眺めていた。


 ラプラスシステムは既に復旧しているらしい。

 先ほどは『反動リバウンド』によって軽微なダメージを与えられたが、その対策もすぐにされることだろう。

 何より、氷翠という動力源を得たことでさらに性能が向上するはずだ。


 まだ不足している。

 無力ではないが、自由を得られるほどでもない。

 生き抜くためには力が必要だ。


 クロガネは疲れ切った頭で次の目標を考えつつ、ゆっくりと歩き出す。

 最大の利益は得られなかったが、ディープタウンにおいて一定の評価は得られることだろう。


 そして、最後の取り分を回収する時が来た。


「……弱いことは、罪ですか?」


 銃口を後頭部に突き付けられても、啓崇は怯える素振りを見せない。

 それどころか質問を投げかけてきた。


 恐怖に屈しない精神力を持っている……というわけではない。

 ただ、全てを失って呆然と立ち尽くしているだけだ。


「罪じゃない……けど、何かを成す権利も得られない」


 だから自分は、生き抜く術を求めて裏社会に潜り込んだ。

 多くの命を奪いながら力を付けてきた。


 ただそれだけの違いだ。

 崇高な目的を掲げていたとしても、それを成し遂げるには力が必要だ。

 生半可な努力で世界を変えるなどと宣っている、そんな黎明の杜の愚かさが不愉快だった。


「そう、ですね……私たちが弱かったから失敗した。それだけのことで、そんなことは別に珍しくもない」


 弱者は淘汰される世界。

 人目に付かないところで多くの三等市民たちが命を落としている。

 その規模が違うだけで、内容は何も変わらないのだ。


 絶望に染まりきって、全てを諦めている。

 ここから這い上がろうという気力もない。

 そんな彼女が次に吐き出す言葉も予想がついていた。


「……殺してください」


 放っておけば、どこかで身投げでもすることだろう。

 大人しく殺されてくれるのであれば、クロガネにとっても良い糧となる。


 だから、無感情に。

 何かを考えようとせず、思考を全て引き金に掛けた指先に集中させる。

 ただひたすらに、無に徹して――。


 この騒動に決着を付けた。

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[一言] あ、やっぱり裏懺悔
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