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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
216/326

216話

 だが、アグニはそこで手を止める。

 これまでとは違う、異様なエーテルの流れに気づいたからだ。


「ぐ……ッ」


 氷翠が胸元を抑えながら呻く。


 これまで築き上げてきた全てを失って。

 最後の賭けにも敗れ。

 後は死を待つのみ。


 世界は非情だ。

 命の価値は軽く、他者の都合で容易く命など奪われてしまう。

 今陥っている状況さえ、別に珍しいものでも何でもない。


 そんな絶望に呑まれたことで――。


「……遺物が暴走してる」


 不審に思ったクロガネが『解析』を発動する。

 体内に埋め込まれた遺物が、氷翠との支配関係を逆転させようとしていた。


 遺物とは、死してなお残り続けるほど強大な存在の一欠片。

 莫大な魔力を得られると同時に、生前の思念が干渉してくるリスクも伴う。


 以前、自分が原初の魔女に操られていた時のように。

 本来の目的を果たすために、氷翠を操って行動に移そうとしている。


 昏い魔力が氷翠の体を支配する。

 自我はそのままに、まるで魂以外が全て奪われたかのような虚脱感。

 遺物の意思が流れ込んでくることで、これからどのような悲劇が引き起こされるのか知ってしまう。


「やめろッ……!」


 必死に抗おうとする。

 だが、体は言うことを一切聞こうとしない。

 無感情に手を翳して、足元の影から闇色の魔力を溢れ出させ――。


「うぁっ……」


 壊廻の体を捕らえる。

 彼女の持つ魔法を求めて、遺物が悪魔式を発動しようとしていた。


 魔力が這った場所から熱が奪われていく。

 急速に死へ吸い込まれていくように体の感覚が鈍っていく。


 だというのに、壊廻は笑みを浮かべ――。


「……あたしは、いいよ」


 死を受け入れていた。

 彼女もまた、烙鴉と同様に悪魔式になることを望んだ。


 どうせこのまま死んでしまうのなら、せめて一矢だけでも報いたい。

 悪魔式が揃えば儀式を行うことができる。


 それに、惨たらしい最後を迎えるくらいなら。


「最期は、氷翠に抱かれて死にたいなって」


 烙鴉が命を落とした時から覚悟は決まっていた。

 無抵抗に両腕を開いて、冷えた身体で弱々しく笑って見せる。


「ダメだ、壊廻……っ」


 だとしても、こんな終わり方だけはあってはならない。

 器が満たされていく感覚に恐怖しながら氷翠は、


「やめてくれ……まだ、私は……」


――壊廻を失う覚悟が決まっていないのに。


 運命を受け入れるための猶予さえ与えられない。

 最期の別れもできず、感謝の言葉を紡ぐこともできず。


「あぁ……っ」


 挙げ句に抱き締めることさえもできず、壊廻は力を失って地面に倒れた。



   ◆◇◆◇◆



「あはっ」


 アグニが愉快そうに嗤う。

 思いも寄らないタイミングで悪魔式が揃った。

 これで、遺物の真価が発揮されることだろう。


「多くの魔女を捧げて……いったいどれだけのバケモノが生まれるんだろうね?」


 氷翠に埋め込まれている遺物は危険性の高い代物だ。

 統一政府カリギュラのデータベースを自由に閲覧できる彼女だからこそ、何が呼び出されるのか余計に期待してしまう。


 既に遺物は氷翠の支配下にない状態だ。

 次々と魔法陣を展開させて、勝手に儀式を進行させていく。


「氷翠様っ――」


 あまりにも不味い状況だ。

 このまま儀式を成功させたとしても、呼び出された"存在"は制御不可能になってしまう。


 だが、絶望に染まりきった氷翠に声は届かない。

 何をしたところで筋書きは変えられない。

 そうなるように予め仕組まれていたのだから、全てを解き明かせなかった彼女には何かを成す資格もない。


「……全員退避させて」


 クロガネがロウに指示を出す。

 条理から外れた"何か"が生み出されようとしている。

 これ以上は手駒を残していたところで時間稼ぎにも使えない。


「承知した」


 必要があれば、クロガネは手駒を犠牲にすることも厭わないだろう。

 この場に留まることがどれほど危険なのか即座に理解して、ロウは戦闘員たちに撤退指示を出す。


 ここから先は一人でいい。

 後は足手まといにしかならない。


「やめときなよ」


 いつの間にか距離を詰めてきていたアグニが、クロガネの銃を抑えて下ろさせる。

 ラプラスシステムの力を使ったのだろう。


「アレを相手にするには力不足だ」


 何が呼び出されるのか知っているからこそ、それは無謀だと忠告する。

 半分は親切心で、もう半分は好奇心だった。


 クロガネはアグニの手を払って銃口を突き付ける。


「何を知ってる?」

「あの儀式は供物となる悪魔式を揃えることで、遺物から主を蘇らせるものさ」


 即ち、遥か昔に存在したであろう超越者を呼び出すのだと。

 彼女に対して信用はないが、少なくともこの場で嘘を吐く意味もないだろう。


「推定等級は大災禍級――まあ、詳しく説明せずとも感じ取れるだろうけど」


 直後、莫大な魔力が一帯を支配する。

 氷翠の体に埋め込まれていたはずの遺物が上空に現れ、これまで集めてきた悪魔式の数だけ周囲に魔法陣を生み出していた。


 この時代に存在してはならない災禍。

 人類を滅ぼし得る敵。

 全ての悪魔式を喰らって顕現した化物こそ――。


「――召魔律ゴエティア。ヤツの名前さ」


 幾重にも連なる魔法陣の集積。

 生き物とは呼び難い、幾何学的な構造を持つ何か。

 球体状のコアから左右に二本ずつ、翼を広げて浮いている。


 永き時間を超え蘇った魔物。

 その異質さも然ることながら、何よりも恐ろしいのは――。


『――封緘、解。亡域ノ主ナシ』


 知性を有し、目的を持って行動しようとしていることだった。

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