表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
215/326

215話

 張り詰めた空気が漂う。

 指先を僅かでも動かせば殺し合いが始まりそうな、そんな息苦しさに支配されている刹那。


 アグニ・グラは格上の魔女だ。

 それだけでなく、より凶悪な魔力量を持つラプラスシステムによって外敵から保護されている。

 考えるまでもなく、その性質を攻撃に用いることも可能だろう。


「さぁて、遊んであげようか」


 戯れに手を翳す。

 警戒心のない無造作な動きで、慢心しきった笑みを浮かべながら。


「――堕落星屑タキオン・ショット


 光弾が瞬く。

 視認不可能な速度の魔力弾が、発動と同時に着弾する。


「ッ――」


 事前に展開していた『破壊』の防御障壁が砕け散る。

 衝突によって生じた僅かな減速の間に身体を反らし、クロガネは辛うじて回避する。


「へぇ、躱せるんだ?」


 アグニが嬉しそうに手を鳴らす。

 発動と同時に対象を穿つほどの魔法だ。

 これまで対処できた者は何人もいないのだろう。


 反魔力に阻まれて『解析』は不可能だった。

 ただ"僅かでも隙を晒せば死ぬ"という事実が確認できただけ。

 戦闘が始まる前から分かりきっていたことだったが、それでも彼女が脅威であることを改めて思い知る。


「――堕落星屑タキオン・ショット


 続けて撃ち出された光弾を、今度は『戦闘演算』によって予測して躱す。

 光弾の軌道は一切のズレもなく直線を描く。

 原理は分からずとも、一度見たおかげで対処可能だ。


 直後にアグニの視界が明滅する。

 躱すと同時に銃で反撃をしてきた――そう理解すると、


「――あはっ」


 より楽しそうに声を漏らす。

 容易く捻り潰せるはずの相手が、こうも健闘すると嬉しくなってしまう。


「やはりキミは、他の魔女とは違う"何か"を持っている」


 凡百の魔女と同じように殺すには惜しい相手だ。

 整った容姿、殺しの才能、魔女としての格。


 その特別さを噛み締めるように。


「キミに見合う最期は……どんなものだろうね?」


 今度は両手を翳し、交互に光弾を放つ。

 当然ながら本気ではない。

 殺そうと思えば避けきれないほどの量を連射できるのだろうが、アグニはまだまだ遊ぶ気でいる。


「今この場で殺すには惜しいかなぁ?」


 ギリギリ殺さないように手加減をして、逃げ回る様子を楽しみたいだけ。

 相手が優れた魔女として評価されているなら尚更愉快に思えた。


 だからこそ――。


「――捉えた」


 狙いの甘い光弾を見定め、クロガネが素手で掴む。


「なっ――」


 凄まじい威力を誇る堕落星屑タキオン・ショットを止められるとは思っていなかったのだろう。

 それでも威力を殺し切れず、クロガネの手から血が滴り落ちる。


 消耗を省みずに『破壊』の力を注ぎ込んで、辛うじて抑え込むことに成功した。

 光弾を防ぐこと自体が目的ではない。

 こうして無理矢理に捕まえたことで――。


――『解析』


 威力の弱まった堕落星屑タキオン・ショットの仕組みを解き明かす。


「――『虚数領域、形成』」


 再現可能だ。

 その確信を持って、クロガネが手元に魔力を集める。


 アグニは手を出して来ない。

 目の前で起きている不可解な現象に興味を抱いて、観察に徹している。

 ただの好奇心によって生かされている状況を利用するのだ。


 難解な構造を『戦闘演算』による補助を用いて読み解いていく。

 存在し得ないはずの物質を創り出すことで、アグニの持つ能力を再現することができる。


「――『タキオン生成』」


 光よりも速い弾丸。

 発砲と着弾、その二つが同時に引き起こされるかのような魔法。

 アグニの堕落星屑タキオン・ショットは因果を限り無くゼロ距離に縮めた不可避の攻撃だ。


「――『弾薬錬成』」


 生成されたタキオンを用いて弾薬を創り出す。

 これまでとは別次元の魔法だったが、発動は成功した。


 なぜ再現できるのか。

 クロガネの根源となる魔法は『破壊』――そもそも、機式を生み出したりすること自体がおかしな話だった。


 物を壊す力が物を生み出している。

 それが当然のことのように行われてきていたため、これまでクロガネ自身も疑問を抱くことがなかった。

 だがある時、魔法の矛盾点に気付くことができた。


 遺物『破壊の左腕』とは原初の魔女の一部に過ぎない。

 ではもう片方の腕は何を冠していたのか。

 他にも特異な力を宿した遺物が存在しているとして――。


「――『装填』」


 その根源に対となる概念――『創造』の力が、クロガネの体に幾分か宿っていた。


「ふぅん?」


 成功するとは思っていなかったらしい。

 アグニから笑みが消え、微かだか不快感を顕にする。

 自分自身に絶対的な自信を持つ彼女だからこそ、次に来るであろう魔法の威力もよく分かっている。


 強化された弾薬を装填したことで、ようやく格上に通用する攻撃手段が得られた。

 だが、それでもアグニの自信は揺らがない。


「悪くないね。けど、それだけじゃ通用しないよ」


 ラプラスシステム本体からバリアを展開している。

 莫大な魔力によって作られており、それこそユーガスマでさえ破れなかったほどの強度を誇る。


 そんなアグニを嘲るように、


「背中に隠れて、自分まで偉くなったつもり?」


 クロガネが銃口を向ける。

 確かにラプラスシステムは脅威だが、アグニはそれを享受しているだけにすぎないのではないか。

 戦闘補助無しでは自分よりも弱いのではないか。


 安い挑発だ。

 こんな言葉に乗っかるような愚か者はいない。

 確実に殺せる手段を捨ててまで、戯言に応じる価値はないはずだった。


 だが、彼女は本能のままに生きている。

 侮辱に対して憤ったなら、


「……戦闘支援を解除」


 挑発に乗った上で叩き潰す。

 それを可能とするだけの実力があるのだから、躊躇する理由はない。


《――否。その判断は推奨されません》

うるさいな。黙って命令に従ってればいいんだよ」


 敗北など万が一にも有り得ない。

 ラプラスシステムの力を抜きにしても、魔女としての格で大きく上回っている。


 まだ本気の一割も出していない。

 有象無象を蹴散らすことなど造作もないのだ。

 そうして全ての戦闘支援を解除しようとした時、電子音が鳴り始めた。


「あぁ、どうやら時間切れみたいだ」


 アグニが思い出したように呟いて端末のアラームを解除する。

 気付けば一時間が経過していたらしい。

 それは、黎明の杜に対して与えたタイムリミットだった。


「もう飽きちゃったし、先にキミたちを殺してしまおうか」


 虚空に指を走らせて、無数の光弾を生み出す。

 数の制限はない。

 彼女の膨大な魔力量であれば、この堕落星屑タキオン・ショットも好きなだけ撃つことができる。


 翳し上げた手を下ろせば、それが合図となって光弾が全てを殲滅することだろう。

 それこそ、地上に降り注ぐ流星群のように――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 何気にクロガネ様の容姿に関する描写は初めてかも クロガネ様かっこいい 確かに考えてみれば破壊からそんな多くかつ無関係な能力が派生するのはなんか裏がある 創造かっこいい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ