213話
クロガネと氷翠が交戦を始めて間もなく、C-4区画内で動きがあった。
「北側から輸送機が三機……こちらに向かっています」
周辺を警戒するため、屍姫は至る所にアンデッドを潜ませている。
最初に区画最北にある工場から報告を受け、それ以降も輸送機を視認したアンデッドから次々と報告がきていた。
凄まじい速度で飛行しているらしい。
屍姫はアンデッドたちの報告から即座に到達のタイミングを予測する。
「おそらく、あと三十秒で視認可能な範囲に到達します」
「あーら怖い。クロガネ様が警戒していた敵っていうのはそれのことかしら?」
マクガレーノが遠くを見据える。
まだ姿は見えないが、ほとんど猶予はないらしい。
「一機でも撃墜できたら良いのだけれど……アタシの手持ちで使えそうなのはこれくらいね」
部下に持たせていたアタッシュケースを受け取る。
中から出てきたのは携行型の地対空ミサイルランチャーだった。
マクガレーノは得意げな表情で手早く組み立て、さらに専用の弾薬を取り出す。
そうして肩に担いで鼻歌交じりに。
「上級-対魔誘導弾を装填……っと。準備万端」
ウィンクを決める程度には余裕があるらしい。
そうしてスコープ部分を覗き込み、じっと敵の到着を待つ。
人間が担ぐにはアンバランスな大きさだったが、彼女の腕力なら扱える範囲らしい。
タトゥーの入った筋肉質な腕でしっかりと支えている。
砲身が一切ブレない安定した構え方だ。
こういったケースも慣れているのだろうと屍姫は感心する。
「あー、これ軍部の輸送機っぽいわね」
スコープに映り込んだ輸送機は報告通り三機。
黒い装甲に守られた頑強な機体は、煌学エンジンを動力源とした極めて高性能な代物だ。
非常時に統一政府正規軍を迅速に派遣するために運用されている。
一機に対して一個小隊。
三機となれば、百名ほどの規模――中隊を相手取ることになる。
対して、こちら側はマクガレーノの率いる戦闘員が二十名と屍姫のみ。
真正面から交戦するには危険すぎる戦力差だった。
だが、クロガネの傘下に収まるには、統一政府と衝突する覚悟を決める必要がある。
目的を果たすためならば、危険な状況に陥ることも厭わない。
死地に容赦無く投入されるとしても。
「――従順な手駒であれ」
屍姫が呟く。
都合のいい存在でなければ受け入れてもらえない。
自分がアンデッドを使役するのと何ら変わりない。
主であるクロガネの従順な手駒として、与えられた命令を遂行するまでだ。
統一政府と敵対しようと構わなかった。
「クロガネ様に気に入られるわけね」
手元に置いていいと思われるだけでは足りない。
自分がクロガネにとって一番でありたいと、その想いから徹底して"全てはクロガネ様のため"という行動原理に則っている。
決して裏切ることのない従順で優秀な手駒。
配下として仕事を与えられるだけでなく、それ以上の関係を持っているほどに気に入られている。
あくまで所有物に対しての感情であって愛のない関係だ。
それより先を求めることは許されないが、そういったことも含めてクロガネの魅力だと屍姫は考えていた。
「さぁて、ド派手にかましちゃうわよ?」
確実に着弾させられる距離まで引き付け、マクガレーノがトリガーに指を掛ける。
戦力差を少しでも縮めるべく――。
「――ぶっ飛んじゃいなさいっ!」
対魔誘導弾を発射。
性能的には十分すぎるほどの威力がある。
着弾しさえすれば、必ず撃墜できると言ってもいいほどに。
だが、着弾の直前――唐突に発生した障壁によって阻まれてしまう。
「うっそ!? 量産の輸送機に積んでいいESSシールドじゃないわよそれ!」
異変に気付いたマクガレーノが憤ったように声を上げる。
明らかにおかしなタイミングで爆発し、輸送機も無傷の状態だ。
可能なら二機撃墜しておきたかったのだが、一機落とすことさえできなかった。
「……あれは輸送機のESSシールドじゃありませんね」
屍姫が呟く。
明らかに発生源とエーテルの流れが噛み合っていない。
輸送機内部に装置が仕込まれているのであれば、それを展開させた痕跡が必ず残るはずだった。
「遠隔で……あれほどの障壁を?」
補助に特化した魔女でも難しいだろう。
放たれた誘導弾は確かに上級相応の威力を持っていて、大罪級や戦慄級の魔女でさえ狙われたら全力で避けざるを得ない。
敵側の戦力を甘く見積もると痛い目にあうことだろう。
リスクを承知で戦力を結集させるべきだ……と、屍姫が使役するアンデッドたちに向けて魔力信号を発する。
一個中隊をそのまま投下されてしまうとさすがに持たない。
「地区内に配置させたアンデッドを集結させます。それまでは――」
「アタシの見せ場ってことね? 最高じゃない」
マクガレーノはミサイルランチャーを捨て、アサルトライフルに持ち替える。
クロガネの傘下に収まって最初の仕事だ。
昔から不満を抱き続けてきた政府相手に喧嘩できるとなれば、これ以上とない大舞台だろう。
輸送機が接近し、頭上から続々と兵士たちが降下を始める。
至近距離に降り立って襲撃するつもりらしい。
戦力差は明白だ。
そのまま数の暴力によって押し潰す作戦のようだったが――。
「……美しくないわね」
落胆と共に、銃声を鳴り響かせた。