212話
戦闘経験の差が勝敗を決めていた。
氷翠の能力こそ凶悪なものだったが、何か定められた意図を持って魔法を使っていたわけではない。
対するクロガネは攻撃手段を奪うことを主目的とし、抵抗できなくなったところを組み伏せている。
その様子を間近で観ていたロウは、その容赦無い徹底的な殺人術に戦慄く。
全ての行為に明確な理由がある。
一手一手には必ず戦況に効果的な影響を及ぼす"仕掛け"が用意されていて、対処できなければ着実に追い詰められていくのだ。
一切の慈悲も感じられない。
少しでも感情のある人間であれば、こうも残忍な追い詰め方はできないだろう。
裏社会で知れ渡る銃使いの魔女。
強力な魔法に驕らず、殺しのセンスに関して他の追随を許さない。
あの"アダム・ラム・ガレット"から何度も指名を受けるわけだ……と、納得すると同時に自分がクロガネの傘下に収まったことに安堵する。
啓崇と壊廻は銃を突き付けられて動けない。
そうでなくとも、現状の二人では介入する余地もないだろう。
常に『探知』を発動しているクロガネが相手では不意打ちさえ通用しない。
――勝敗が決した。
この場の誰もが、様々な感情を抱きながら結末を見届けようとしている。
足掻いたところで氷翠では現状を覆せない。
革命に失敗した指導者が命を落とす――そんなありきたりな悲劇として幕を閉じる。
そう考えていた。
刃先が氷翠の喉元に浅く刺さる。
そのまま押し込めば致命傷だったが、クロガネはその瞬間にナイフを捨てて手を翳し上げる。
「機式――"フェアレーター"」
クロガネの持つ機式の中で最も高い威力を誇る魔力砲。
チャージ時間を強引に短縮するために非効率的な魔力の注ぎ方をして――。
――最大出力。
「――ッ」
上空に向けて放つ。
同時に、遥か上空から凄まじい魔力反応が迫る。
見覚えのある極大の熱線――統一政府の保有する衛星レーザーが降り注ぎ、フェアレーターから放たれたエネルギー砲と衝突する。
――『解析』
魔力の流れを辿り、大気圏外に存在する衛星の位置を割り出す。
維持するのも困難なほど距離は離れているが、それでも一瞬だけパスは繋がった。
衛星中枢部分の制御システムに侵入し――『破壊』を行使。
「……ッ、はぁ、はぁ」
強引な手段で衛星を無力化した。
これで統一政府は衛星の制御権を失い、ラプラスシステムを用いた攻撃を行えなくなった。
殺しを重ねて魔力量が増えたことで可能となった芸当だったが、もし衛星が複数あったなら対処はできない。
次は魔力が持たないだろう。
「いやぁ、凄いね。衛星との接続を遮断するなんてさ」
愉快そうに弾んだ声。
振り返ると、そこにはやはりアグニの姿があった。
衛星の対処をしている間に氷翠を回収していたらしい。
彼女の腕の中で苦しそうに呼吸をしていた。
「この子ならキミに匹敵するんじゃないかと思ってたんだけどなぁ。結果は惨敗だったね」
「離せ……ッ」
手を振り払って、再びクロガネと対峙しようとする。
だが右肩と左手を負傷している状態では、仕切り直したところで結果は変わらないだろう。
「まだ、終わったわけじゃない……ッ」
荒く呼吸をしながらも戦意を滾らせている。
悪魔式の詳細は明かされていない。
その中に、まだ可能性のある手を残しているのだろうか。
「いいや、ダメだよ。キミの負けで終わりだ」
ここからでは、何度やったところで結果は覆らない。
氷翠がどれだけ足掻こうと無意味だ。
「ふざけるなッ! まだ私は負けてな――」
「ラプラスシステムは既に勝算が無いことを結論付けた。それ以上の理由は必要かい?」
最初に干渉した時点では、まだ可能性が残されていた。
悪魔式の多様さと保有魔力の多さは十分に通用すると評価され、数値上では互角の戦いになるはずだった。
「悪魔式は最後まで実らなかった。あーあ、キミにはガッカリだよ」
残念そうに肩を落とし、アグニは氷翠に手を伸ばす。
本来の任務は氷翠を回収することのみ。
儀式を完成させることは彼女の好奇心を満たすための娯楽でしかない。
「来るなッ! 私は、あんなものの一部にはなりたくないッ――」
銃声が響く。
即座にアグニは距離を取って、愉快そうにクロガネに視線を移す。
「へえ、ボクと殺り合う気なのかい?」
「煩い」
続けて銃撃――それに合わせて、周囲で待機していたロウと戦闘員たちが攻撃を開始する。
弾薬を惜しまず撃ち尽くすが、全て障壁に阻まれて届かなかった。
その様子を見て、クロガネは殺し屋として裏社会に潜った初日に受けたアドバイスを思い出す。
――ユーガスマ・ヒガ、妖天元、そしてアグニ・グラの三人とは戦闘を避けるように。
裏懺悔から手渡された要注意人物の中でも、特にこの三人は危険だと教えられていた。
初めて遭遇した際にはアグニの能力も不明だったが、今ならば少しだけ感じ取ることができる。
外部とパスを繋いで戦闘補助を受けているらしい。
銃弾を阻んだ障壁は、魔法というよりESSシールドに近い性質を持っている。
それ自体をアグニが発動した形跡は見当たらなかった。
彼女の強さの根源となるものがラプラスシステムなのだとすれば、氷翠を回収されてしまうと不味いことになってしまう。
氷翠は"あんなものの一部にはなりたくない"と言っていた。
即ちラプラスシステムは、魔女を繋ぐことで性能を向上させられるものだと推測可能だ。
現状の規模は不明だ。
それでも、戦慄級の魔女を繋いだとなれば相応の強化が成されることだろう。
統一政府の力が高まることは避けるべきで、同時に、氷翠を殺めることでクロガネの魔力を増幅させられる。
利害は完全に対立している。
建物の周囲が騒がしくなってきたことを『探知』で把握するが、自分が増援に向かうのは厳しいだろう。
「あはっ、気付いたかな? キミの仲間たちを今、統一政府の中隊が制圧しようとしている」
既に交戦が始まっている。
屍姫とマクガレーノの二人であれば早々にやられることはないだろうが、それでも人数差と装備性能ではこちらが遥かに劣っていた。
「でもね、禍つ黒鉄。キミがボクのものになると言うなら全員助けてあげてもいいよ?」
自分が圧倒的な強者であることを理解している。
敗北などあり得ないと知っていて、この場に堂々と立っている。
命を狙われたところで、ラプラスシステムに守られている状態で恐れる必要もないのだろう。
衛星と同じようにパスを切断することは不可能だ。
システム本体の反魔力は以前侵入を試みた際に体感しており、さらに言えばアグニ自身の魔力もクロガネを上回っている。
それでも、取れる手段が無いわけではない。
その一挙一動を警戒し、現状を打破すべく思考を巡らせる。