21話
黒い影が大きく跳躍し、二人の間に割って入る。
銃口を串刺姫に向けつつ視線を一瞬だけ後方に向けた。
「あんたがカルロ?」
「あ、あぁ……そうだ」
最低限の確認だけすればいい。
状況を見れば、彼が抱えているアタッシュケースが目当ての物であることも分かる。
「あっちは?」
「『串刺姫』――愚者級の魔女だ」
凄惨な現場だというのに至って冷静だ。
一人で乗り込んできて、堂々と敵の刺客と対峙する姿も頼もしい。
まだ安堵していいのか計りかねてしまう。
カルロから見て、明らかに目の前の少女は若すぎる。
「……逃げる時間だけ稼いでくれ。あんなバケモンを相手するのは自殺行為だ」
それなりに勤勉な彼でも、目の前の魔女の名を知らない。
目覚めたての新人がボスに声でも掛けられたのだろう……などと推測する。
「捕まえて尋問しなくていいの?」
「奴は場慣れしてる。無理をする必要はねえよ」
無事に切り抜けることだけを考えるべきだ。
カルロは銃を片手で構えつつ、串刺姫の出方を窺う。
「横槍が入るなんて聞いてないのだけれど……まぁ、些末な問題ね」
手を翳すだけで解決する。
たかだか数人の救出依頼を引き受けるくらいなのだから、実力は低い――そう見積もっていた。
「貴女も穴だらけにしてあげるわッ――」
強烈な殺意。
その顔を見るだけでカルロは足が竦みそうになってしまう。
しかし――。
「……やる気ないの?」
クロガネは嘆息する。
愚かにも、反魔力によって満たされた支配領域内で、直接足元に魔法を発動しようとしたらしい。
微かに埃が転がった。
愚者級"程度"の力では、溜め息よりも小さな空気の揺らぎしか生じない。
「なっ――」
それだけで串刺姫は理解する。
魔女として目の前の少女の方が格上――それも、かなりの隔たりがあることに。
クロガネの支配領域下において、魔法発動の起点を生み出すことが出来ない。
得意としていた攻撃手段の多くが失われてしまう。
「どういうことだ……」
カルロもまた、信じられないといった様子でクロガネを見詰めていた。
凄腕の殺し屋であるなら彼が知らないはずもない。
――上層部しか知らねえようなツテでもあるのか?
微かな高揚と共に、その戦いを見守る。
「なら、支配領域外から攻めればいいだけのことッ!」
魔法を展開――瞬時に乾いた音が鳴り響いて、何も起こらずに終えてしまう。
「的当てゲーム? いいよ、付き合ってあげるから」
エーゲリッヒ・ブライを交差するように構える。
ちょっとした余興だ。
「このッ――」
ムキになった串刺姫が連続して魔法を行使する。
常に死角を狙い続けるような、極めて狡猾な魔方陣展開だ。
それを、流れるような動きでクロガネが撃ち抜いていく。
「――『破壊』」
彼女に埋め込まれた魔法の根元こそ"破壊の左腕"――原初の魔女によって齎されるのは、遍く万象を消し飛ばす平等な暴力。
魔法そのものを弾丸を用いて破壊しているのだ。
繰り返すほどに、串刺姫は苦しそうに顔色が悪くなっていく。
反動だ。
「……休憩でもする?」
頭痛に酩酊感、視界も揺らぐほどの疲弊。
魔法を使い続けるだけでも似たようなことは生じるが、反動による消耗はその比ではない。
一方のクロガネは涼しげだった。
発動直後の魔法に反応して撃ち抜く――その芸当を一回のミスもなくこなしているというのに。
魔女としての格も高いが、それ以上に射撃に長けている……と、カルロは驚愕していた。
ガレット・デ・ロワ内部でも、彼女ほど銃撃戦を得意とする者はいないと思ってしまうほど。
「こんな、小娘に……ッ」
体が大きく揺らぐも、辛うじて倒れずに耐える。
戦闘を続けられるような余力は無い。
圧倒的に不利な状況。
にも拘わらず、串刺姫は自身のプライドを優先して引き際を過っていた。
「――舐めるなぁッ!」
支配領域外に無数の起点を生み出す。
消耗を省みない最大限の魔法展開。
どれほど技量に優れていたとしても、この全てを撃ち抜くことは不可能だ。
一撃に全てを賭ける。
その気迫に、多くの者は気圧されるだろうが――。
「……はぁ」
魔女同士の戦いを分かっていない。
確かに彼女は殺し合いに長けている。
機動試験で戦った魔女と比べても、同じ愚者級内で大きな差を感じるほどに。
それは事実だった。
常に死角を狙って撹乱するような戦況作り。
その狡猾さこそ見習う部分は大いにあるのだが、隔絶した段階にいる魔女と会ったことはないようだった。
反魔力による減衰は、当然ながら支配領域外からの攻撃にも適用される。
起点にしやすいというだけであって、発動した魔法が届くかといえば別の話だ。
現れた無数の鉄串は、クロガネを中心に円を描くようにして先端が砕け散っていた。
「――『領域拡張』」
一時的に支配領域を強引に広げる。
それだけで、全ての鉄串が根本から消し飛んだ。
「ぐぅっ……ぁぁあああッ!?」
全力の魔法を阻まれてしまったのだ。
その反動は想像がつかないほどに強烈だろう。
鼻血を吹き出して、目元からも血を流し――倒れるように膝を突いた。
手を支えにしているものの、意識を保っているだけで称賛すべき状態だ。
「……」
クロガネは無言で歩み寄る。
放置すれば恨みを抱え、再び姿を現すかもしれない。
リスクを考えれば生かして返す理由はない。
「ま、待って……」
串刺姫が息も絶え絶えに言葉を絞り出す。
顔を上げる余裕もないが、銃口が向けられていることは気付いている。
「依頼主のことも、全部話すから……」
「……」
手土産になりそうな情報なら価値がある。
無言で見下ろしていると、震える声で慈悲を乞うように喋り始めた。
「依頼主はマッド・カルテルの首領……受け渡し現場に乗り込んで、外部から襲撃を受けたように"演出"してくれって……」
それを聞いてカルロが目を見開く。
マッド・カルテルは協力者のはずではないのか、と。
「それ以上のことは知らない……依頼内容にあんまり興味がなくて、その……っ」
酷く怯えた様子で、どうにか顔を上げる。
限界状態の中で殺意を浴びせられ続けているのだ。
これ以上は精神的にも耐えられない。
「ひ、必要なら、依頼者のところまで言って聞き出してきても……」
格が違いすぎる。
想像よりも遥かに経験を積んでいて、そして、魔女としても覆しようのない力量差がある。
見逃される以外に助かる道はないのだ。
「ねぇ、お願い。お願いだから、同じ流れの魔女として……ね?」
無様に命乞いをするしかない。
差し出されたら足でもなんでも舐めるつもりでさえいた。
ペットになれと命令されれば、喜んで腹を見せ媚を売ることだろう。
恐怖と絶望が脳内を満たしている。
いっそこのまま意識を失ってしまった方が――。
そして、乾いた音が廃工場内に響いた。
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元は二等市民、中でもそれなりに恵まれた家庭の出身。
十六歳の時、後天的に魔女として目覚めた際に記憶の大半が欠落してしまう。
"自分の知らない自分"に接しようとしてくる両親が気持ち悪くなってしまい、十七歳の時に拒むように家を出る。
その後は無法魔女として渡り歩いて今に至る。