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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
209/326

209話

「……チッ」


 嫌な気配を感じる……と、クロガネが舌打つ。

 それ自体はすぐに姿を消したようだったが、何か面倒なものを仕込んでいったのだろう。


 軽薄で残酷で無邪気な狂人――だというのに、実力が伴っているのだからタチが悪い。

 現状の自分がどの程度通用するか未知数だ。

 かといって、罠を警戒して"取り分"を得られないとなると今後に響いてしまう。


「世界に混乱を齎したカルト宗教。その首を取ったとなれば、組織として名が上がることでしょうね」


 マクガレーノが笑みを浮かべる。

 そうなればディープタウンでの地位も上がり、有象無象に絡まれることはなくなるだろう。


 だが、自分たちよりも先に統一政府カリギュラが接触してしまった。

 総力を挙げて攻め込むよりも、周囲を警戒して戦力を分散させるべきだ。


「……相手は戦慄級一人、大罪級二人、人間が百十二人。魔女は氷翠を除いて戦力にならない」


 片方は能力を失った啓崇で、もう片方も酷く負傷している様子だ。

 戦闘員たちも武装している者は少ない。

 命からがら逃げ延びてきたといった様子だった。


 各地の拠点が襲撃を受けてから二日が経過している。

 物資さえまともに揃えられない状況ではこれが限度だろう。

 想定していた戦力をやや下回っているため、黎明の杜だけを相手にするなら特に問題はない。


「屍姫とマクガレーノは外で待機。ロウは内部の制圧を」


 統一政府カリギュラの横槍を警戒して、屍姫を外に残すべきだと判断する。

 マクガレーノを残していけば上手く機転を利かせることだろう。


 こういった荒事に最も慣れているのはアラバ・カルテルだ。

 人数差はあるが、それでも素人の集まりに遅れを取るようでは話にならない。

 取り巻きの処理は彼に任せるつもりだった。


「私の突入後、一分経過したら建物に入って残党処理をして」

「承知した」


 大半は自分で始末するつもりだった。

 だが、全員を逃さずに殺すのは難しいだろう。

 悪魔式を集めた氷翠は以前よりも手強くなっているはずだ。


「……」


 なぜだか不愉快な気分になって、クロガネはそれを振り払うように殺気で上書きしていく。

 余計なことを考える必要はない。

 利己的な理由で一つの組織を潰したとしても心は痛まない。


 こんな世界に下らない感情を抱く必要はない。

 ただ自分の利益だけを考えていればいい。

 何も間違ってはいない。


 ノイズが消え去って思考が冴え渡っていく。

 仕事に意識を切り替える。


「――突入する」



   ◆◇◆◇◆



 至る所に蔓延る悪意。

 この歪な世界を壊すと誓ったというのに――幾度となく憎悪を燃やしてきた世界よりも、現実はさらに酷いものだった。


「なんなんだ、本当に……」


 全てが無意味だった。

 どれだけ足掻いたところで覆しようのない戦力差。

 初めから筋書きが用意されていて、その中で踊らされることしかできない。


「あんなもの、いったいどうすればいいんだ……ッ」


 凍て付いた空間に聳え立つ機械の柱。

 あんなものが自分たちの人生を貶めてきたのだと、そんなことを許容できるはずがない。


 掃き捨てられる命。

 冒涜される命。

 生きた証すら残すことが許されず、この世に生まれ落ちた瞬間から死に至るまで絶望に染められた道筋。


 搾取でもなければ迫害でもない。

 初めからそういうものとして位置付けられ、誰もが疑問を抱かずに日々を過ごしている。

 当人である三等市民たちでさえ、こうして氷翠が呼び掛けるまで立ち上がるという選択肢を知らずに生きてきた。


「……ラプラスシステム」


 そんな理不尽を押し付けてきた存在。

 傲慢な一等市民たちも腹立たしかったが、訳の分からない、生命ですらない存在に"無価値"の烙印を押されたことが何よりも不愉快だった。


 ラプラスシステムが構築する世界の中で、自分たちは虐げられることが当然のことのように扱われている。

 何を根拠としてそんな馬鹿げた判断をしたのか。

 そしてなぜ、人々はこの社会を受け入れてしまったのか。


「……ッ」


 氷翠もまた、その理不尽を受け入れざるを得なかった。

 アグニの提案を断れなかった時点で他の市民たちと何ら変わりない。


 だというのに、多くの命を率いて無謀な戦いに身を投じてしまった。


 今の彼女にできることは一つだけ。

 悪魔式を揃え、儀式を成功させることのみだ。

 一等市民の好奇心を満たせたならば、彼女の仲間くらいは見逃してもらえることだろう。


「…………あの、氷翠様」


 蒼白な顔で啓崇が声を掛けてきた。

 それまで沈黙を続けていた彼女が、震える声で言葉を紡ごうとしている。


「何か見えたのか?」

「いえ……それより、一つ提案があります」


 様々な悪意を目の当たりにしてきた。

 この期に及んでまだ希望が残されているなど考えてはならない。


 壊廻は戦闘が不可能な状態で、啓崇自身も魔法を失ってしまった。

 仲間たちもアグニの言葉によって士気が消え失せて俯いている。

 どうせ全員殺されてしまう。


 こんな状況だからこそ、自らの命を捧げてでもやらなければならないことがあった。


――私たちを見捨てて、今すぐ"転移"してください。

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