205話
野暮用がある。
そう告げて、クロガネは単独でディープタウンに向かった。
残された屍姫たちは廃墟に留まり、作戦準備を進めていく。
マクガレーノ商会の保有する銃火器を配分し、荒事に慣れたアラバ・カルテルの組員を掃討要員として待機座標の指定。
混乱状態の現場に屍姫が降り立てば、死体は全て駒となる。
「……実弾銃が多いな。趣味というわけではないのだろう?」
ロウは拳銃を手に取って、瓦礫の上に置いたビンに狙いを定める。
だが、トリガーを引く間際に別方向から銃声が鳴った。
「クロガネ様の趣味よ。干渉されやすい対魔武器より実弾の方が信用できるんでしょうね」
マクガレーノは銃口をふっと吹いてウインクする。
その仕草にロウは顔を顰めつつも、綺麗に弾け飛んだビンを見て銃の腕は確かだと評価する。
「商会で保有しているといっても、ほとんどクロガネ様の私物みたいなものよ。以前から武器の整備を任されていたの」
「これだけの量を一人で扱うと?」
何百という数の銃が並べられている。
銃を扱う魔女は他にも存在するが、これでは戦争でもするのかと疑ってしまう量だ。
「強いわよ、彼女。魔法を使わなくても、実弾銃だけで大罪級を圧倒できるくらいにはね」
「……だろうな」
現にロウは、用心棒として雇った『鬼巫女』――ハスカが実弾銃のみで圧倒されたことを知っている。
本来の攻撃性能は機式シリーズに依存するはずだが、それを使わずとも凄まじい戦闘力を誇る。
「それがクロガネ様ですから」
二人の会話を聞いて、まるで自分事のように屍姫が笑みを浮かべる。
この場で一番の理解者であると言わんばかりの様子だ。
「屍姫。お前も確か、汚れの魔女だったはずだが」
死者を駒にする能力。
生命を冒涜するような異質な魔法を持ち、殺しの依頼を専門に請け負ってきた魔女だ。
等級も高いが、それ以上に凶悪な魔法を持っている。
死者を操るという魔法は反魔力の影響を受けないため、駒さえ揃えれば戦慄級と互角に渡り合うことも不可能ではない。
「今はクロガネ様に全てを捧げた身です。標的の殺害から諜報、資金集め。求めていただけるなら夜伽まで……」
記憶を呼び起こして、屍姫が「んっ……」と吐息を漏らして身を捩らせる。
その様子を見て二人は"クロガネに気に入られるわけだ"と納得する。
しかし同時に、これほどの力を持つ魔女が、わざわざ特定の誰かに従属する理由が思い浮かばなかった。
それこそ彼女は裏社会の頂点を狙えるほどの逸材だ。
「随分と心酔しているようだが……どういった経緯でクロガネ様と知り合った?」
疑問に思ったロウが尋ねると、今度はマクガレーノが気まずそうに視線を逸らす。
経緯を説明してしまうと厄介な因縁を掘り起こすことになってしまう。
そんな様子を見て、屍姫はくすりと笑う。
「あぁ、そういえば……貴女にはお世話になりましたね」
「それは本心ではないわよね?」
マクガレーノは以前経営していた娼館で屍姫を"商品"にしていた。
首輪型のMEDによって魔法は封じられ、酷く屈辱的な日々を送っていたはずだった。
「アタシも当時はCEMに飼われていたとはいえ……アナタを捕らえて酷いことをさせていたもの。首を狙われてもおかしくないじゃない」
捕獲はCEMからの指示で、娼館に閉じ込めていたのは屍姫の抵抗心を削ぐためだ。
あの時クロガネと出会わなければ、いずれサンプルとして回収されて何らかの実験に使われていたことだろう。
だが、それさえも屍姫にとっては些末なこと。
「そのおかげでクロガネ様に出会えた。それ以上の説明は必要でしょうか?」
この結果が全てだ。
それまでの屈辱さえ、運命の出会いを引き立てるスパイスでしかない。
「それでも納得できないということでしたら、不意を突かれてしまった私が悪かったということで。裏社会なら当然の論理でしょう?」
「はぁ……さすがね」
マクガレーノは嘆息する。
話自体は本心も含まれているようだが、かといって自分に対して憎しみを抱いていないはずもない。
彼女がそう振る舞っているのは、それがクロガネの利益になると理解しているからだ。
組織内で、それも幹部同士で軋轢が生じてしまうのは大きな不利益になる。
統率の取れない集団は足手纏いでしかない。
こうして友好的な態度を見せることで、ロウとマクガレーノに対して"お前たちも過去の因縁を忘れろ"と迫っているのだ。
「立派な忠誠心だな」
ロウも意図を察して、警戒を解いたように肩を脱力させる。
思考から能力に至るまで極めて危険な性質を持っているようだったが、その実力は確かで味方としてこの上ない存在だ。
行動原理は"全てクロガネ様のため"という言葉で説明が片付いてしまう。
それは仕事だけでなく服装や髪型、仕草、ふわりと香る甘いバニラの香水に至るまで行き届いている。
何をすれば悦んでもらえるか。
それだけを考え、手元に置いてもらえるよう徹底していた。
自身がクロガネの所有物――手駒としての自覚を持って行動している。
度を超えた献身を見せ付けられ、二人は屍姫の忠誠心の高さに圧倒されるばかりだった。
マクガレーノは感心したように頷き、ロウは覚悟を決めたように拳を握り締める。
この組織に所属するからには、屍姫と並ぶほどの忠誠心を持って臨まなければならない。
それこそ、己の全てを捧げるほどに。
そこまで話して、ふとロウが疑問を口にする。
「だが……マクガレーノ。お前はなぜクロガネ様に付いた?」
誰かの下に付かずとも裏社会で生き抜く力を持っているはずだ。
それこそ、クロガネ以外からも招待状を貰っていておかしくはない。
「忠誠心だなんだと語るような人間ではないだろう?」
「あら、アナタにはまだ分からないようね」
マクガレーノは人差し指を振って未熟さを指摘する。
彼女がクロガネの下に付いた理由は至極単純。
「感じるのよ。彼女にも美の悪逆を……それこそアタシよりもずっと、ね」
その返答にロウは一瞬顔を顰め、大きく嘆息する。
彼が想像していた以上に独特な感性の持ち主のようだ。
同時に、どうやら落ち目の組織を引き上げられただけの自分には忠誠心が足りていないのだと自覚する。
自身も相応の評価はしているつもりだったが、二人は既にクロガネに対してカリスマ性を感じているらしい。
「クロガネ様に命を救われた身だ。恩には必ず報いなければならない」
アラバ・カルテルには屍姫のような規格外の魔女も、マクガレーノのような組織経営の才能もない。
見限られないためには成果を挙げなければならない。
クロガネの行く手を阻む存在全てを排除する。
そのために必要な戦闘経験は、治安の極めて悪いゾーリア商業区で培ってきたという自負がある。
「次の作戦は、我々アラバ・カルテルの実力を示させてもらおう」
File:美の悪逆
マクガレーノの考える"理想的な悪党"の姿
言語化された条件はなく、彼女の感性によって主観的に評価されるらしい。