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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
1章

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20話

「……クソッ」


 踞っている男をどかしてアタッシュケースを回収する。


 どうやら胴体に二発撃ち込まれたらしい。

 苦しそうに呻きつつ「すみません、兄貴……」と呟いていた。


 彼は他の三人と比べて少しだけ長い付き合いだった。

 カルロからすれば、そこまで慕われるほどのことをしたつもりはない。

 精々、一仕事を終えた際に酒を奢ったくらいだろう。


 だが、彼はこれまで生き甲斐のない三等市民として泥水を啜って生きてきたのだ。

 初めて生きる実感を与えてくれた相手を嫌うはずもない。


 健闘を称える余裕も、感傷に浸る時間も無い。

 近くにあった椅子に座らせて銃をしっかりと握らせた。


「やるべきことは分かるよな?」

「は、はい兄貴……ッ」


 その従順さに悲痛な表情を浮かべそうになり、カルロは帽子で目元を隠す。

 しくじったコイツが悪い、お荷物は連れていけない……だが、簡単に割り切れるほど残忍な人間にもなれない。


 他の構成員だってそうだ。

 カルロは頭で理解して行動しているだけで、本心から使い捨てることを望んでいるわけではない。


「……クソッ」


 惨たらしいほど目立つ囮だ。

 こうなった時点で救う手立てはないとはいえ、命を落とすには若すぎる。


 ガレット・デ・ロワほどの規模になれば、この程度の代役は腐るほど存在するだろう。

 当然ながらカルロ自身も例外ではないのだ。


 それでも必死に喰らいつかなければならない。

 脱落してしまえば、待っているのは三等市民として相応しい末路だ。


「――ッぁぁあああ!?」


 この世のものとは思えない絶叫に振り返ると、無事だった最後の構成員が血飛沫を上げて佇んでいた。

 否、身体中を串刺しにされて倒れることも許されず絶命していた。


「あらぁ――お楽しみ会パーティーの邪魔をしちゃったかしら?」


 鮮血のように紅いドレスを身に纏って、女が歪んだ笑みを見せる。

 まるで自らが主催のような堂々とした立ち振舞い。

 もし社交会にでもいれば、一等市民たちが放っておかないような美貌を持っている。


 女が手を翳す――その直後には、まだ息があった構成員が同じように串刺しにされてしまう。


「……どこの回し者だ」

「さぁて、忘れちゃったわ」


 金は前払いだもの、と女は肩を竦める。

 仕事相手の名前など興味ない。

 世の中を舐め腐るような様子でクスクスと嗤っていた。


 彼女こそ『愚者級』――串刺姫くしざしひめ

 裏社会に身を置いて、様々な依頼を受ける流れの無法魔女アウトローだ。


 その顔はカルロも知っている。

 以前、彼の関わっていない別件だったが、その場に居合わせた構成員がたった一人の魔女によって全滅させられたという。


 組織間の対立に部外者を呼び込みやがった、とアダムが憤っていたことは記憶に新しい。

 無法魔女アウトローと契約を交わすようになったのはそれからだと聞いていた。


 目の前には、顔も知らない構成員たちの仇がいる。

 気まぐれに手を翳すだけで人を殺められる、理不尽の塊のような存在だ。


「貴方はみたいだから知っているでしょうけれど……それなりの魔女を相手に抵抗は無意味よ?」


 脅しではない。

 親切心からの忠告だ。


 咎人級ならまだしも、愚者級は通常の銃火器では仕留められない。

 もし目の前の魔女に通用したとしても、命に関わらない程度の怪我しか負わせられないだろう。


「……あぁ、分かってるさ。どのみち、アンタが来なきゃ全滅していた」


 ただ、順番が前後していただけ。

 それだけの話だったが、幸運にも彼には駆け引きできる手札があった。


 カルロは魔女の姿をじっと見詰めつつ、アタッシュケースを持ち上げて揺らす。


「んふふ、賢明な判断ね」


 彼女が指を鳴らすと、構成員たちを貫いていた鉄串が消え去る。

 そして、死体が力無く地面に崩れ落ちた。


 どうやら"任意の場所から鉄串を生やす"魔女らしい。

 もし発動距離に制限があったとしても、この狭い廃工場内では考えるだけ無駄だろう。


 彼女がその気になれば、カルロなどいつでも殺せるのだ。


「……コイツが欲しいんだろ? だが俺も命が惜しい」

「大人しく渡すなら見逃してあげるのだけれど?」

「その後が怖いんだよ」


 この場を無事に切り抜けたとして、彼に待っているのはアダムの裁判だ。

 串刺しにされるのと、はたしてどちらが苦しいだろうか。


「アンタならツテとかあるだろ? 贅沢は言わねえから、どこか隠れられる場所が欲しい」

「……あぁ、そう」


 串刺姫は不愉快そうに顔をしかめる。

 あまり面倒なことを要求すれば断られてしまうだろう。


 そもそも、相手の魔女が一方的に有利な状況なのだ。

 交渉するのは余計な手間を省くため。

 アタッシュケースを傷付けないよう安全に回収するには、カルロに自ら手放させるのが一番だ。


 カルロもまた、交渉は端から望んではいない。

 最初からそうだった。

 必要なのは時間稼ぎであって、自分の手で盤面を覆せると思い上がるようなことはしない。


「……面倒だから死んでくれるかしら?」


 串刺姫が手を翳す。

 カルロの足元には魔方陣が浮かび上がり――銃声が鳴り響いた。


「――なっ!?」


 串刺姫は信じられないといった様子で声を上げた。


 魔方陣が消え去って、カルロは未だ五体満足で立っている。

 鉄串に貫かれることはなかった。


 どうやら救援が間に合ったようだ。

 凄まじい勢いで通路を駆けてきたのは――震えるほどに凍て付いた眼をした少女だった。

File:愚者級『串刺姫』-page 1


裏稼業に身を置いた無法魔女アウトロー

極めて攻撃性の高い能力を持つため、殺し屋として様々な組織から声が掛かる。

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