表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

195/331

195話

「……魔力が戻った」


 クロガネはゆっくりと深呼吸をする。


 体の感覚を確認して、試しに『能力向上』を発動させる。

 以前と同じように効果が現れた。

 一欠片の違和感もない。


 これで厄介な足枷は外れた。

 だが同時に、MER装置の効力が消失した今――。


「それは、挑発のつもりか?」


 ユーガスマが嘆息する。

 銃口を向けられているというのに、意に介さずに佇んでいる。


「少なくとも、殺り合うつもりはない。他に優先すべきことがあるだろう」


 その言葉を聞いて、クロガネも肩を竦めて銃をしまった。

 どうやら試すまでもないようだ。


「この拠点にはヘクセラ長官が監禁されている。そして、黎明の杜の『教導主』啓崇もいるはずだ」

「その情報源は?」

CEMケムの最高顧問、グリムバーツ・アン・ディ・フォンド博士だ」


 隠すつもりはないらしい。

 彼もまた、フォンド博士の思惑を掴みかねているようだ。


「博士は何らかの意図を以て情報を流している。この件に関しても、内情を探るために工作員を紛れ込ませていたのだろうが……」

「どうせろくなことを考えてない」


 あの歪な精神構造を読み解くことは不可能だ。

 人類史上最高とされる研究者。

 天才的な頭脳の中に、いったいどれほどの狂気を秘めているのか。


「……それで、そっちは何が目的?」

「ヘクセラ長官を救出するのみだ。それ以外は……貴様の好きにするといい」


 黎明の杜が所有する全てを奪っても構わないと。

 厳格な彼からは想像できないくらい寛容だ。


「長官は魔法省に欠かせない人材だ。彼女を失えば、次は統一政府カリギュラに都合のいい人材が据えられることになる」

「殺される危険は?」

「ある……が、彼女の救出を大々的に発表すれば、表立って手を出すことはできなくなるだろう」


 だが、急がなければこの騒ぎに乗じて排除されてしまうかもしれない。

 そうなれば、この社会は歪に――。


「もう歪んでる」


 まだ平和ボケしているユーガスマを咎めるように。

 そもそもの社会構造からして、統一政府カリギュラの存在など関係なく狂っている。


「黎明の杜が存在しなかったとしても、別の誰かが蜂起してる」

「……否定はできんな」


 特権と迫害を前提とした市民の三階級制。

 生まれた時から常識として刷り込まれていなければ、こんな歪な構造を正常だと思う人間はいないはずだ。


「私は、その者たちを"危険因子"として排除してきた」


 ユーガスマは深く考え込むように瞑目する。

 己の辿ってきた道筋は、はたして本当に正義に基づいていただろうかと。


「……」


 ゆっくりと深呼吸をして、体中に魔力を巡らせる。

 だが、やはり自分では何も感じ取れない。


「禍つ黒鉄。一つ聞きたい」


 背を向けて、無防備に両腕を広げて佇む。

 確認しなければならないことがあった。


「この体に埋め込まれた制御装置を外せるか」


 都合の良い駒として動かすために、様々な細工をされている可能性がある。

 記憶の一部を封じされているだけで済めばマシなくらいだ。


 反魔力を消し去って、一切の敵意も見せずに。

 そんな姿にクロガネは警戒しつつ、その背に向けて手を翳す。


――『解析』


 執行官は改造手術を受けた強化人間だ。

 中でもユーガスマは特別製だと認識していたが――。


「……これが」


 外見は人間と変わりない。

 だが、その内側は骨格から筋繊維に至るまで全てがエーテルの侵蝕によって強化されていた。

 強靭な肉体を支える心臓は激しく脈動し、絶えず全身に魔力を循環させている。


 純粋にエーテルに適応した魔女とは違う。

 適応するように弄られているだけだ。

 人間としての自我を維持させつつも、魔物のように変異しているわけでもない。


「……自分がどれだけ弄られてるのか知ってるの?」

「さて、な。責務を全うするためならば、必要な処置は全て受けるつもりでいた」


 適性というべきなのだろうか。

 ただの人間をこの水準まで引き上げられるならば、そもそも登録魔女という存在が不要になる。

 全ての執行官がユーガスマのように化け物じみた力を手に入れられるとは考え難い。


「……心臓の横に妙なコアがある。エーテルが脳とパスを繋いで、何かを塞き止めてる」

「恐らく、それが制御装置だろう」


 ユーガスマは銃で撃てと言わんばかりに、腕を広げたまま待機している。

 下手な人間に任せれば死の危険があるような場所だ。

 照準が1ミリでも逸れたなら、心臓を損傷して命を落とすことになってしまう。


「……」


 天敵を殺す好機だ。

 今ここでユーガスマを排除できたなら、自分にとって脅威となる存在が一人減ることになる。

 それも、正攻法ではまず勝てないような相手だ。


 クロガネはエーゲリッヒ・ブライを呼び出す。

 照準は心臓の横に埋め込まれたコア――湧き上がる殺意が、銃口を僅かに逸したがっている。


――殺すべきだ。


 溢れ出る殺意がクロガネの魔力を荒れさせる。

 彼を殺したら、自分はどれだけ強い力を得られるのだろうか。


 殺せば殺すだけ強くなれる。

 その仕組みは原初の魔女から逃れた今でも残っている。

 有象無象を積み重ねても微々たるものだが、相手がユーガスマとなれば話は変わってくる。


 クロガネはこの場を訪れた当初の目的を思い出す。

 それは"利益"を得るためだ。

 理不尽な社会で生き抜くためには、この動乱期を上手く立ち回る必要がある。


 何が最善で、最も利益を生む選択肢なのか。

 それを彼女が知らないはずがない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 個人的にはユーガスマがこれからの仲間として活躍と教導をしたい だけどアグニ辺りが殺しに掛かるかも それに今まで散々執行官として活躍してたから ディープタウンのルールを使えばあるいは? 屍姫…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ