194話
敵は完全武装した統一政府の小隊。
ESSブレードは旧来型の核シェルターでさえ切り裂くほどの出力を誇り、それを扱う隊員たちも改造手術によって身体能力を極限まで向上させている。
魔法を一方的に封じられた状態ではあるが――。
「――破ぁッ!」
ユーガスマの拳打は、衝撃を内部に捩じ込むようにして放たれる。
高性能なプロテクターを装備しているようだが、それを貫通する技術を彼は持っていた。
凄まじい猛攻によって正面の隊員たちを排除していく。
魔法を封じられたとしても、埋めようのない差があるのだと思い知らせるように。
「……ッ」
隊長が息を呑む様子が見えた。
これこそ、実力差を見せ付けて"絶望"を植え付ける強者の戦い方だ。
彼と対峙していた時の自分もこんな表情をしていたのだろうか……と、クロガネは嘆息する。
それでも絶対的な戦力差があるわけではない。
強襲によって萎縮させただけで、流れによっては容易に覆りかねない戦況だ。
だが、それも彼一人だけならば……という話だ。
「――余所見してていいの?」
ユーガスマに気を取られている隊員を狙って、今度はクロガネが背後から仕掛ける。
喉元をナイフで掻き切って即座に蹴り飛ばして転倒させる。
無理に止めを刺そうとして高出力のブレードを振り回されると面倒だ。
痛覚が麻痺している状態では怯まずに抵抗できてしまう。
手早く致命傷を与えて、失血死するまで放置した方が安全だろう。
戦闘技術で遅れを取るようなことはない。
悪夢のような機動試験を繰り返したことで、生き残るための術は身に付けている。
「苦戦してる?」
「貴様よりはマシだ」
敵の首を圧し折って、ユーガスマが荒く息を吐き出す。
普段の彼からは想像もつかないような獰猛さを見せていた。
「MER装置を知っているか?」
ユーガスマの問いにクロガネは首を左右に振る。
これほどまでに高性能な装置を開発済みだと知れ渡れば、無法魔女の投降が加速することだろう。
「奴の端末を壊せ。それで解決する」
ユーガスマが隊長を見据えながら言う。
装置の仕組みまで説明してくれる訳ではないらしい。
MED装置よりも高性能な魔法阻害。
それを発動しているのは、隊長が肩に取り付けている通信端末らしい。
魔法工学技術の万能さは何度も味わってきたが、あれは明らかに現代の技術水準を遥かに凌駕している。
あの装置に『解析』が使えれば……と、クロガネは少しだけ惜しみつつ。
「――分かった」
短く返して、一気に駆け出す。
彼を信用したわけではない。
それでも、統一政府の隊員を殺めた時点で一定の疑心は取り払った。
少なくとも現状を打破するまで裏切ることはない。
右手に銃を、左手にナイフを構えて。
駆け抜けようとするクロガネを、ブレードを構えた隊員たちが阻もうとする。
面倒だ――と、銃を構えようとするが。
「――貴様らの相手は私だッ」
ユーガスマが咆哮し、行く手を阻もうとしていた隊員たちを薙ぎ払う。
バランスを崩した隊員の頭部を掴み、地面に叩き付け、そのまま首を踏み付けて圧し折る。
魔法が封じられているというのに馬鹿げた膂力を持っている。
クロガネ自身も改造手術によって強化されているが、彼はそれ以上に体を弄られているのかもしれない。
そんなことを考えつつ――。
「これで、もう邪魔者はいない」
距離を詰めながら銃を撃つ。
だが、特殊な力によって護られているのか、銃弾は端末を破壊することなく弾かれてしまった。
同時に、危惧していた弾切れが訪れた。
特製の弾薬が無くなってしまうと、後は刀身が頑丈なだけのナイフしか残っていない。
どうにか距離を詰めてMER装置を壊したいと考えるが――。
「ッ……やらせると思ったか!」
隊長が声を荒げる。
クロガネの狙いに気付いたようで、端末を取り付けた左腕にはESSシールドを展開させた。
もう片方の手には上級-銃型対魔武器を持っている。
魔法を封じられている状態で対魔弾を受けてしまえば致命傷だ。
反魔力がなければ威力の減衰も望めない。
だが、警戒して動きを止めるわけにはいかない。
隊長に向かって一気に距離を詰め、プロテクターの隙間を狙ってナイフを振るう。
「チッ――」
予想通りシールドで防がれてしまう。
隊長の装備は他の隊員たちより高性能らしく、素の身体能力だけでは押し切れなかった。
向けてきた銃口を手で弾いて反らし、抑え込まれないようにバックステップで距離を取る。
力比べでは分が悪い。
装備の面でもこちらの方が不利だ。
それでも唯一、負けないものがあるとすれば。
「な、何をッ――」
隊員の一人を捕らえて首元にナイフを突き付ける。
殺しにルールは無用だ。
狡猾な人間ほど生き延びられる。
自分がその気になればいつでも人質を殺せる。
そう主張するように、怯える隊員にナイフを強く押し付けてみせる。
相手も人間だ。
最終的には任務を優先して人質を見捨てるかもしれないが、ほんの一瞬だけ迷いが生じてしまう。
殺し合いの場において、その隙は致命的だ。
首筋に突き付けたナイフに意識を取られている間に、こっそりと隊員の所持していた銃を引き抜く。
彼が部下を見捨てるという選択をする頃には――。
「遅い」
統一政府の小隊に与えられた装備。
その威力は一般に流通する物を遥かに上回っている。
トリガーを引けば、煌学エネルギーを帯びた強力な対魔弾が撃ち出された。
狙いは極めて正確――だが、狙いがMER装置だと気付いたようで咄嗟に回避されてしまう。
それでも、無理矢理に躱したことで体勢を崩しかけていた。
追撃を仕掛ける好機だ。
クロガネは人質を捨て、ナイフを構えて一気に距離を詰める。
間合いに入る前に敵の銃口がこちらを向くが、視界の外から銃声が響く。
一瞬の隙を見てユーガスマが援護したようだ。
隊長は持っていた銃を弾き飛ばされて無防備な姿を晒している。
あれだけの数に囲まれているというのに、まだこちらの様子を窺う余裕があるらしい。
彼こそ人間や魔女よりもよっぽど凶悪な生き物に見えた。
援護が無くとも仕留めるつもりでいたが、おかげで手傷を負うことなく殺せる。
苦戦させられた恨みを殺意に上乗せして――。
「――はぁッ!」
体を捻るように勢いを付けて顎を蹴り上げる。
昏倒させるつもりで力を込めたが、ギリギリのところで意識を繋ぎ止めていた。
自分やユーガスマほどではないにせよ、敵もかなりの改造手術を受けているようだ。
それでも脳を揺さぶられた衝撃で思考が鈍っている。
飛びかけた意識とよろけた体では、これ以上の抵抗はできないだろう。
死角に潜り込むようにして視界から姿を消し、クロガネは背後を取る。
「あまり手間をかけさせないで」
首元にナイフを突き立て、深く抉るように掻き切る。
もう助かりはしない。
大量の失血によって間もなく息絶えることだろう。
薬物によって痛覚を遮断しているため、無様に泣き叫んだり命乞いをする様子はなかった。
朦朧とした意識の中で徐々に動きも緩慢になっていく。
その様子を無感情に見下ろしていると、残りの隊員を片付けたユーガスマがこちらに向かって歩いてきた。
「弾を受ける気だったな? 殺気立ちすぎだ」
ユーガスマが呆れたように言う。
彼の言う通りだった。
一瞬の好機を逃さないために、被弾を覚悟した上で攻勢に出る。
表の世界に属している彼には理解のできない戦法だろう。
クロガネは眼下の死体を足で転がす。
そして、目当ての通信端末を見つけると思い切り踏み付けて壊した。