192話
魔法を封じられた状態で、統一政府の軍を相手にしなければならない。
機式も無しにどれだけ戦えるだろうか……と、クロガネは敵を見据える。
せめて対魔武器でも使えればマシだったが、不運なことに全て『倉庫』の中だ。
強奪しようにも、敵が使っているESSブレードは腕部プロテクターと一体化されている。
だが、そう易々と捕まるつもりはない。
「甘く見ないで」
コートを広げると、そこには無数の銃と弾薬。
手榴弾やナイフなど様々な武器が隠されている。
こういった事態に遭遇する可能性を考慮して、魔法に頼らずとも戦えるように備えていた。
マクガレーノから仕入れた武器の中でも、特に性能の高いものを隠し持っている。
しかし、これが通用するかは試してみないと分からない。
魔力を失ったとしても――。
「――ッ!」
屈するつもりはない。
クロガネはアサルトライフルを手に取って、距離を詰めてきた敵に応戦する。
どうやらESSシールドを構えながら接近して押さえ込むつもりらしい。
よほど障壁の性能に自信があるのだろう。
横並びになって壁を作り、銃撃を警戒しながら歩みを進めてくる。
まずは障壁を破壊するべきだ。
射撃を開始――高価な弾薬を惜しまず、ESSシールドの破壊を試みる。
だが、どれほどのエネルギーを内蔵しているのか、マガジンから弾を全て吐き出しても障壁が消える気配は無かった。
弾切れになったアサルトライフルを捨て、次はハンドガンを取り出す。
銃身の強度が高い特殊な改造銃。
マガジンにはクロガネが事前に『錬成』していた弾薬が込められている。
魔法を使えずとも最小限の威力は期待できるだろう。
狙いを定め――トリガーを引く。
流通している対魔弾よりも威力は優れており、直撃したESSシールドにも僅かに亀裂が入った。
これなら十分に通用する。
だが、魔法が使えない状況では『装填』ができない。
コートの裏側に隠したマガジンだけでは流石に心許なかった。
左手を腰の後ろに回してナイフを取り出す。
微かに赤みがかった刀身は、対魔武器ではないが硬質な魔物の外殻を研いで作った特別製だ。
少しでも身軽に動けるよう、クロガネは他の銃をコートから外して床に捨てる。
他の武器では十分な威力を期待できない。
「四肢の欠損は構わないとの指示だ。ESSブレードを使えッ」
隊長の指示によって、前方に構えていた隊員たちが装備を切り替える。
生け捕りにしようとしていることには変わりないが、生きてさえいれば状態に拘りはないらしい。
厄介だ……と、クロガネは舌打つ。
相手はこちらを生け捕りにしようとしている。
そのため、大きく負傷するような手段を選べないと踏んでいたが、そう甘くはいかないらしい。
ESSブレードを構えて、クロガネを無力化しようと駆け出す。
同時に向かってきたのは三人。
追撃を仕掛けるように、さらに五人が続く。
先頭の一人が、上から叩き付けるようにブレードを振り下ろしてきた。
身を僅かに反らして避け、続く二人の攻撃も後方にステップを踏みながら躱していく。
反撃をしようと試みるが、機を潰すように後ろに続いていた五人が攻撃を仕掛けてきた。
全員がブレードを振り抜く頃には次の隊員たちが控えている。
銃弾を叩き込む隙など一切無く、ナイフを使いながら辛うじて捌くことしかできない。
よほど高性能な戦闘スーツを用意したらしい。
機動試験によって繰り返し改造を受けた体でなければ圧倒されていたことだろう。
とはいえ、建物内では相手も自由に暴れられるわけではない。
統一政府の部隊による連携は厄介だが、同時に味方同士で動きに気を配る必要がある。
対するクロガネは、好き放題にナイフを振り回しても構わない。
「――はぁッ!」
身を捻りながら横に飛んで躱し、勢いを利用して蹴り付ける。
隊員は後方に何歩か押し返されるも、頑丈なプロテクターに守られているためダメージはない。
だが、体勢が崩れたことで身を守ることができない。
即座に狙いを定め――。
「――先ずは一人」
距離を詰め、首元の隙間を狙ってナイフを突き立てる。
刃は頸動脈を捉えた。
あまりの痛みに悶絶するかと思えば、そうでもないらしい。
薬物か何かを事前に投与されているのだろう。
痛覚が遮断された状態で、痛みに呻くことなくブレードを突き出してきた。
それでも咄嗟に突き出すような一撃など高が知れている。
クロガネは身を僅かに捻って躱し、その腕を絡め取って振り回すように敵に投げ付ける。
展開させたままのESSブレードが他の隊員の体に突き刺さって、こちらも致命傷だ。
これで計二人を無力化した。
「怯むなッ、数で押し潰せ!」
隊長の指示で、他の隊員たちが再び攻撃を開始する。
この程度では脅しにもならないらしい。
痛覚だけでなく恐怖心さえ麻痺させているのではと疑いたくなるほどだった。
何度も同じ手は通用しない。
残り二十八人、その全てを相手にする余裕はない。
「……いつまで黙ってるの?」
クロガネは苛立ったように声を掛ける。
だが、ユーガスマは沈黙を貫いて動こうとしない。
彼を囮にして逃走することも選択肢としては悪くない。
少なくとも命を落とすことはなくなるだろう。
その場合、社会の変化に取り残され、パイを勝ち取った強者に従属を強いられるリスクが生じてしまう。
彼も同様だ。
統一政府に狙われた時点で処分は決定している。
この場を生き延びたとして、魔法省に彼の席は残されていないだろう。
どのような規律違反をしてしまったのか。
黎明の杜本部に捕らえられているヘクセラ長官と関わりがあるのか。
この場での推測は意味を成さない。
沈黙して俯いている姿は隙だらけだ。
天敵といっても過言ではない相手だが、クロガネは手を出さずに様子を見ている。
何を葛藤しているのか。
凄まじいほどの負の感情が歪に混ざり合って殺気と押し合っていた。
だが、時間はあまり残されていない。
統一政府の部隊による包囲は徐々に狭まって、身動きが取りづらくなってきている。
数の差を覆せるような装備も無い。
退くべきか否か――クロガネもまた、決断を迫られていた。




