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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
189/312

189話

「悪魔式――七十」


 魔女としての根源を奪い去って、抜け殻を優しく地面に横たえる。

 罪無き少女に心の中で謝罪しつつも、氷翠は魔力の高まりを実感していた。


 また、器が一つ満たされた。

 今回の標的から待ち望んでいた『身体強化』の魔法を得られた。

 戦力の向上という意味でも大きな成果だ。


「……あと二つで完成する」


 満たすべき器は全部で七十二。

 あと二つ、魔法を奪えたなら儀式を行うことができるはずだ。

 早ければ一週間後には"変革の時"が訪れる。


 微かな高揚感と緊張を抱いていた。

 ここまで辿り着いたのだから、絶対に成し遂げなければならない。

 この作戦は多くの犠牲の上に成り立っている。


 そう思っていた。


 成果を報告しようと端末を取り出す。

 すると、同時に救援要請の通知が入ってきた。


「ゾーリア商業区の支部……物質庫が狙いなのか」


 そこには信者たちに支給するための火器やプロテクター等が保管されている。

 治安の極めて悪いこの街なら魔法省の捜査から逃れやすい。

 物資の中には、作戦行動に重要な機材も含まれている。


 ここで奪われては、今後に大きな支障が出る。

 座標を確認して『空間転移』を準備――だが、それより先に次の救援要請が届いた。


 一つだけではない。

 まるで全てが筒抜けだったかのように、至る所から発信されている。

 システムエラーの可能性を疑うも、直後に一件のメッセージを受信して事実だと思い知る。


 送り主は啓崇。

 内容は極めて簡潔に纏まっていて――。


『逃げて』


 たった三文字。

 それだけで事態がどれだけ深刻なのかを物語っている。


 詳細を記す余裕もなかったのだ。

 今この瞬間、生存しているかさえ分からない。


 彼女が何かを予知したわけではない。

 その能力――『天啓』では避けられないほどの混沌が世界に訪れているだけだ。


「何がどうなって……ッ」


 氷翠の持つ感知能力が、この場に敵が向かってきていることを察知する。

 状況を整理している暇さえ無い。

 混乱する頭を無理矢理に働かせて『空間転移』の座標を指定する。



   ◆◇◆◇◆



――黎明の杜本部。


 作戦行動を終え、壊廻かいねは報告のためにデータを纏めていた。

 悪魔式の回収も順調に進んでいる。

 氷翠の力も高まってきて、並大抵の魔女であれば容易く仕留められるようになっていた。


「もうすぐ、世界が変わる……」


 不条理な世界に終止符を。

 一度構築された社会を変えることは極めて困難だが、儀式によって"世界を再起動リブートする"ことで全てが解決できるはずだ。


 どれだけ言葉を並べ立てたところで、一等市民が権力を手放すことはないだろう。

 道徳を語ったところで、二等市民が三等市民に対する認識を変えることもないだろう。


 今の姿が常識として刷り込まれてきたのだ。

 改革を求める声こそが異端であって、提唱する社会の在り方には違和感しか抱かない。

 弱者に手を伸ばすお人好しがいたとしても奇異の目で見られるだけだ。


 過酷な労働環境で使い捨てられる者や、端金で体を売る者。

 飢えた者は路地裏でごみ箱を漁って体調を崩し、治す手段もなく壁に凭れて呻いている。


 もし魔女として目覚めたなら、不自由と引き換えに生活を保証される登録魔女への道もないわけではない。

 少なくとも衣食住に困ることはなくなる。


 だが、元から戸籍さえ持たない三等市民では、手続きの途中で実験サンプルとしてCEMケムに強制連行されるのが大半だ。

 そういった存在は社会から消えたところで不都合が生じない。

 無知な者は捕食される運命にあるのだ。


 壊廻自身もCEMケムに実験サンプルとして引き渡されそうになった過去がある。

 全てを諦めかけていた時に、その輸送車を氷翠たちが襲撃して助け出した。

 それ以来、人生を捧げる覚悟で行動を共にしている。


 一通り纏め終えた頃合いに啓崇が訪ねてきた。


「氷翠様が目標を補足したようです」

「これで悪魔式も七十番まで揃う……ほんと、あと少しだね」


 壊廻が呟く。

 どこか寂しそうな顔をしていた。


「世界を再起動させるには、その妨げとなる様々なしがらみを消し去らなければなりませんから。不要なデータを整理して、私たちも――」

「……それは、分かってるって」


 言葉を遮って口を尖らせる。

 壊廻にとって重要なのは氷翠の望みを叶えること。

 それは本心だ。


「けど……やっぱり寂しいよ」


 黎明の杜に加入して、作戦を遂行して――多くの時間を共に過ごしてきた。

 大切なのは"仲間たちとの時間"であって、実際のところ崇高な目的も何も持っていない。


 今この時間が、人生で一番充実している。


「儀式が成功して、全てが終わるなら。私はその前に――」


 彼女が抱く唯一の望み。

 それを言葉にしようとした時、建物内に警報が鳴り響く。


「――エントランスの映像をッ!」


 啓崇が声を上げ、壊廻がすぐにモニターに映し出す。

 しかし、そこには誰も映っていなかった。


 本部には支部よりも厳重な警備体制が敷かれている。

 強力な対魔武器の数々を練度の高いガードたちに持たせてあり、無法魔女アウトローも何人も常駐している。


 今この場には啓崇と壊廻も居合わせている。

 さらに、救援要請を出せば氷翠も『空間転移』で駆け付けられる。


 並大抵の相手であれば脅威にならず、戦慄級の魔女が来たとしても対処が可能な状況。

 ヘクセラ長官を人質として監禁しているというのに、迂闊に攻め込んでくるような愚行はしないはずだ。


 だというのに――。


「……本部を放棄しましょう」

「啓崇、どうしてッ」


 啓崇は一瞬だけ躊躇を見せる。

 だが、決意は固いようだ。


「私が向かいます。壊廻は脱出して、氷翠様と合流してください」


 一人で行かせるわけにはいかない。

 そう反発しようとした時、至る所から救援要請が届き始めた。


「な、なんで……こんなに」


 困惑しつつモニターに視線を向けると、ほんの一瞬だけ人影が映る。

 それを見て、事態の重さを壊廻も察してしまう。


「……絶対に死なないでよ」

「大丈夫です。私は、絶対に死んだりはしません」


 そう誓って、啓崇が『天啓』を発動させる。

 同時に、壊廻が脱出ルートに駆けて行く。


 ほんの僅かでも構わない。

 助言を得られたなら、この場を切り抜けられる可能性も上がるはずだ。


「あぁ……そういうことでしたか」


 ゆっくりと深呼吸するも、体中が強張っている。

 魔法を使った途端に体温が跳ね上がって、呼吸も酷く震えている。


 賜った言葉を反芻する。

 平然を装うことができない。


 どれだけ多くの仲間が命を落としても気丈に振る舞えていたのに。

 人生を振り返っても、これほど動揺したことが今まであっただろうか。


 他に類を見ない『天啓』という能力を得たことで、きっと浮かれていたのかもしれない。

 なぜ、偉大なる始祖――原初の魔女が自分なんかに声を掛けてきたのか。


 夢を追い続けることに必死で、初歩的なミスにも気付けなかった。

 あるいは意識に干渉されていたのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。


「私たちは用無しだと。そう仰るのですね」


 真実に気付いた時には、どうしようもないほどに手遅れだった。

File:天啓


原初の魔女と啓崇の意識を繋ぐ魔法。

一体どうして、かの魔女が善なる存在だと錯覚していたのだろうか。

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