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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
187/325

187話

 底知れない魔力を持つ魔女だ。

 どうにもならないほど隔絶された力量差を感じてしまう……そんな相手は、これで四人目だ。


「良い目をしているな?」


 妖天元ようてんげんが嗤う。

 圧倒的な力を前にしても、クロガネは怯える素振りを見せない。

 それどころか、敵対した場合に備えて戦闘パターンを考えているように見えた。


「禍つ黒鉄。お前はこの街に何を望む?」


 何かに不自由するような身分ではない。

 戦慄級の魔女というだけで、この世界では自由を謳歌することが可能だ。

 金銭を欲してこの街に潜るようなことは考え難い。


「何を思って、何を欲して、何を成そうとして……このディープタウンを望んだ?」

「使える手駒が欲しい。それだけ」


 富も名声も興味がない。

 必要なのは、この世界を生きていく上で役に立つ手駒だ。


 ここに辿り着ける悪党は文句なしの一流だ。

 魔法省……ひいては統一政府カリギュラを相手にする上で不足は無い。


 優秀ならば個人でも組織でも構わない。

 時には利益を提示し、時には力付くで従え、戦力を増強するのだ。

 そうすれば、ラプラスシステムによる監視さえ跳ね除けられるかもしれない。


 未だに元の世界に戻るための手掛かりは得られていない。

 人数が増えれば、その分だけ情報も集めやすくなる。


 そのため、ディープタウンという場所は非常に都合がいい。

 無意味な価値観に囚われたりせず、手段を選ばずに動ける者たちが集まっているのだから。


「なるほど。これまでにない答えだ」


 興味深そうにクロガネを見詰める。

 自らの目的のためにディープタウンを利用しようというのだ。


「そうまでして成し遂げたい目標がある、と。お前が見据える先には――どんな未来が待っている?」


 瞳が妖しく光る。

 目を合わせていると全てが筒抜けになりそうな気がして、クロガネは視線を逸らそうとする。


「――ッ」


 体が動かせなかった。

 心の奥底を覗き込むように、妖天元が顔を寄せてくる。


「案ずるな。別に危害を加えるわけじゃない」


 ただ、知りたいだけ。

 クロガネが望む世界の姿を、思い描く未来の光景を。


 妖天元こそ、世に蔓延る罪と咎を司る魔女。

 他者の心に巣食う闇さえ彼女の領域。

 望みさえすれば自在に見透かすことさえ可能とするのだが――。


「――なんだ、これは」


 妖天元が魔法の発動を止める。

 そして何を見たのか、視線を逸して深く考え込む。


「……他人の心を勝手に覗いた感想がそれ?」


 困惑するような光景が見えたのだろう。

 それが"元の世界"に関することであれば、確かに驚くのも無理はなかったが――。


「違う。何も見えなかった」


 妖天元が首を振る。

 反魔力によって拒まれたような形跡はない。

 魔法も正常に発動している。


「まあいい。不確定要素を取り込むことも、ディープタウンにとって良い刺激となるだろう」


 それ自体に拘りはないらしい。

 心象風景を覗けなかったとしても、その未知を含めて愉しむ余裕があるようだ。


 ふと、クロガネは疑問を抱く。

 なぜ自らの組織を作るわけでもなく、こうして悪党たちに場を提供しているのだろうか……と。


 実力は魔女の中でも上澄み――それこそ裏懺悔やアグニに匹敵するように見える。

 そんな彼女が、何をするわけでもなく裏社会を眺めているだけ。


 訝しげな視線に答えるように、妖天元が笑みを浮かべる。


「このディープタウンが何のために存在しているか分かるか?」

統一政府カリギュラの監視から逃れるため」

「それも正解の一部ではある……が、殺し屋の回答にしては凡庸だな」


 その反応からして、視点を変えなければ答えには辿り着けないようだ。

 安易な回答は求めていないらしい。


「……各組織から上納金を?」

「それもまあ無くなはない。だが、深く考えすぎだ」


 妖天元は愉快そうに嗤い、人差し指を立てる。


「難しいことではない。このディープタウンを作り出した理由は、私の欲求を満たすためだ」


 悪が自由を謳歌する街。

 公安による干渉も許さず、被害が拡大していく様子をただ眺めている。

 コミュニティー内部での派閥争いも激化していき、さらに死人を増やしていくことになる。


「あぁ……想像するだけでも、こんなに美味い酒が飲める」


 懐からウイスキーのビンを取り出して、豪快に呷る。

 見ているだけで喉が焼けてしまいそうだったが、妖天元はそのまま一気に飲み干してしまった。


 自身の都合で――それも正当性のない理由で犯罪行為に走る。

 特に彼女の場合、野心も何も関係していない。


 ただ、自分がそうしたいから。

 それだけの理由で多くの悪を受け入れている。

 ディープタウンに所属する者たちが積み重ねた悪行は全て、彼女によって齎されたと同義だ。


 それを批難するつもりはない。

 クロガネ自身も元の世界に戻るためならば、この世界の人間がどれだけ死んだところで構わないと考えていた。


「即ち悪党とはそういうものだ。己のために他者を犠牲にする……表の連中と違うのは、下らない建前などで取り繕ったりしないことくらいだろう」


 己の欲望に正直な悪党たちを好ましく思って、ディープタウンという場所を提供している。

 統一政府カリギュラの監視下に置かれた社会より"マシ"に感じられたのは、きっと彼女の思想が強く反映されているからなのだろう。


「基本、この街にルールは無い……が、一つだけ決まり事がある」


 妖天元が三枚のカードを取り出してクロガネに投げ渡す。

 そこには"Invitation card"という文字――ディープタウンへの招待状のようだ。


「組織でも個人でもいい。身内に引き入れても、そうでなくとも構わない。お前に与えられる招待枠は三つまでだ」


 自由に使え――そう言って、妖天元は嗤う。


 クロガネはアダムによって招待された。

 そのために招待枠を一つ使ったが、だからといってガレット・デ・ロワに引き入れるわけではないらしい。


 とはいえ、恩を仇で返すような真似はできない。

 ディープタウン内部で問題が生じた場合、他の組織より優先して手を貸すことになるだろう。

 利害が一致しているからこそアダムとは友好的な関係を築けている。


 裏社会において、この招待状は極めて高い価値を持つ。

 如何なる貴金属や宝石よりも、この一枚の紙切れの方が有用だ。


 一等市民の持つ推薦枠とよく似ている権限だが、上手く活用しなければ無価値も同然だ。

 有象無象を引き入れたところで、他の組織の餌食となって終わりだろう。

 遥かに先のことまで見据えなければならない。


「ありがたく使わせてもらうよ」


 最初に招待する相手は既に決まっている。

 手駒の候補として、とある人物の顔が思い浮かんでいた。

File:招待枠


悪党をディープタウンに迎え入れるための黒いカード。

付与する枚数は妖天元が見定めて決めるため、人によって得られる招待枠は異なる。

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