184話
ゾーリア商業区において最も勢いのある犯罪組織"アラバ・カルテル"。
後ろ暗い稼業を行う者たちが、互いの利益のために表面上では仲間ごっこをしている集団だ。
足並みを揃えているが、弱みを見せれば即座に食われることになるだろう。
中枢を担う幹部たちは、それぞれが魔法省から指名手配されているような極悪人だ。
その中でも、現在組織を取り仕切っている人物こそ――。
「……また、脅しにでも来たのか?」
麻薬カルテルを統括する男、ロウ・ガルチェ。
彼が健在ということは、前回押し入った後に来た魔法省の捜査官たちを上手く欺けたらしい。
彼の対面にはもう一人、サングラスをかけた男が座っている。
その背後には無法魔女が二人、護衛として付き従っていた。
会合は和やかな商談ではないようで、剣呑な空気さえ感じられる。
ロウの後ろでは巫女装束の無法魔女――ハスカも控えていた。
「その男は?」
「デンズファミリーのロシオ・ゼアだ。この辺りで新規ルートの開拓を考えているようでな」
どうやら密輸の中継地点としてゾーリア商業区を利用したいらしい。
デンズファミリーはアラバ・カルテルから見て格上の組織だ。
要求を断ったとしても、結局はシマに攻め込まれて全てを奪われる未来が待っている。
大人しく従うしかない。
不平等な契約を交わして、いざという時は尻尾として切り落とされるだけ。
弱者はより大きな犯罪シンジケートに食われるのが常だ。
クロガネの乱入を快く思わなかったのだろう。
ロシオが護衛の無法魔女に合図を出し――。
「邪魔」
護衛の無法魔女二人が同時に胸元から血飛沫を上げる。
彼女たちが動くよりも早く、機式を呼び出して仕留めた。
どちらにしても、この程度の魔女では支配領域内で魔法を使えない。
敗北の可能性などゼロに等しい。
まさか護衛が一瞬で殺されるとは思いもしなかったのだろう。
ロシオはまだ理解が追い付いていないようだった。
「な、なんてことを……ッ!」
ロウが顔を青褪めさせて死体を見る。
これでは報復は免れない。
自分たちが関与していないと弁明したところで無意味だろう。
そんな彼の不安など気にもせず、今度はロシオに銃口を向ける。
「……お前はデンズファミリーに喧嘩を売るつもりか?」
「ルード街だけじゃない。ゾーリア商業区は"禍つ黒鉄"が買い占める。そっちのボスに"邪魔をするな"って伝えて」
この商業区を狙う第三勢力として告げる。
今回、このルード街を訪れたのは"都合のいい手駒を増やす"という目的のためだった。
戦慄級の魔女から直々に警告したのだ。
巨大な犯罪シンジケートでも迂闊に手出しすることはできない。
まして、相手は裏社会でも屈指の力量を持つ殺し屋なのだから、報復を恐れることになるのはデンズファミリー側になるだろう。
「……覚えてろ」
ロシオが恨めしそうに吐き捨て、退室していった。
密輸ルートの開拓に失敗すれば彼の評価にも影響が出るかもしれない。
だが、そんな事情など知ったことではない。
「なんとまた、滅茶苦茶なことを。だが……本音を言うと助かった。危うく食い殺されるところだった」
アラバ・カルテルの存続に関わる商談だった。
クロガネが介入しなければ、この組織を丸ごと譲り渡すハメになっていたはずだ。
安堵するも、まだ全てが解決したわけではない。
「さて……要件を聞こうじゃないか」
個の力で犯罪シンジケートを退けるほどの無法魔女。
クロガネの冷徹な仕事ぶりは裏社会に知れ渡っている。
それでも、デンズファミリーに従うよりマシな条件であれば呑んでも構わないと考えていた。
「これを」
クロガネがUSBメモリーを投げ渡す。
ロウは訝しげにそれを見つめ、すぐに問い返す。
「……これは何のデータだ?」
「黎明の杜に関する情報。ブラックマーケットに流れているものより"マシ"な利益を上げられる」
入っているのはフォンド博士が転送してきたデータの一部だ。
調べた限りでは、情報屋の間でもここまで詳細な話を握っている者は存在しなかった。
「そこに記載のある施設を襲撃してもらう」
「確かに、最近は他の組織も躍起になっているようだが……それを渡して何の利益になる?」
「好きに想像すればいい」
アラバ・カルテルにとって悪い話ではない。
他の組織を出し抜いて略奪の限りを尽くせるとなれば寧ろありがたいくらいだ。
だが、それを行うには一つだけ問題があった。
「すぐにでも飛び付きたくなるような話だ。しかし……正直なところを言うと組織に余力がない。マギ・ブースターの一件で魔法省に嗅ぎ回られて、稼業も縮小せざるを得なくてな」
悪党の集まりだったはずのアラバ・カルテルも今では弱小組織に落ちてしまった。
この円卓に並べられた座席も半分さえ埋まらない状況だ。
麻薬密売のルートも数を減らして、それでもどうにかこの街に居座り続けている。
そのせいで周辺組織に目を付けられている。
デンズファミリーに限らず、他のシンジケートもルード街の支配権を虎視眈々と狙っているようだ。
それを聞いて、クロガネは嘆息する。
「どうせ地上での争いは無意味になる」
「あぁ、例の統一政府の……」
完全管理社会の実現。
そのための下準備を進めており、遠からず悪党が全て駆逐されるだろうと。
「噂は耳に挟んでいるが、逃げ場がない。大きな組織ならディープタウンに潜れるのだろうが……我々には、ルード街に籠城するしか延命手段はないわけだ」
ロウは情けなく項垂れている。
一時期はあれだけ勢力を強めていたアラバ・カルテルも、今では取って食われる餌のように見られている。
目の前の無法魔女もきっと同じことを考えているのだろう。
そんな諦念を抱いている彼に。
「――もし、ディープタウンに潜れるとしたら?」
何よりも価値のある"報酬"を提示する。
File:アラバ・カルテル-page2
ゾーリア商業区で最も治安の悪い"ルード街"を取り仕切る麻薬カルテル。
近頃の目まぐるしく変化を繰り返す社会に適応しきれず、組織規模を縮小するなど勢力が衰えつつある。