183話
至るところで激しい衝突が起きている。
それも魔法省による突入捜査ものだけではない。
各地に点在する黎明の杜の重要施設が、相次いで犯罪シンジケートに襲撃されているのだ。
裏社会の至るところで黎明の杜に関する情報が流れている。
強い情報網を持たずとも、末端の情報屋から容易く買えてしまうほどに。
その影響で、各地で大きな混乱が生じていた。
自室のベッドに寝転んでニュース記事の閲覧をしていたが、ここまで乱発されては見ても仕方がない。
クロガネは呆れたように端末の画面から視線を逸らす。
「……何が起きているの?」
まさか示し合わせたように日時を合わせるとは思えない。
誰かが意図的に情報を流して襲撃の手引きをしている。
それも魔法省だけでなくシンジケートまで参加しているのだから、極めて異常な事態だろう。
徹底的に叩き潰すという容赦の無さ。
三等市民と合流して規模を拡大しつつあったが、ここにきて大幅に戦力を削られる結果となってしまった。
それだけではない。
《特務部主任ユーガスマ・ヒガ。黎明の杜本拠地を突き止め拉致されたヘクセラ長官の救出に成功》
大々的に表示されたニュース記事のタイトル。
これが事実であれば、黎明の杜は立て直すことが不可能なほど甚大な被害を受けたことになる。
記事本文には"単独調査により"という記述もあり、そこにも引っ掛かりを覚えてしまうる。
いかにユーガスマが優れた執行官だとしても、いきなり本拠地を暴くような芸当が果たして可能だろうか。
統一政府が躍起になっている。
魔法省も総力を挙げて各地の施設を潰している。
そして、フォンド博士が暗躍している。
世界中が黎明の杜を潰そうとしているかのように。
あらゆる組織が動き、様々な思惑が絡み合って軋んでいる。
迂闊に手を出すべきではない事態だ。
もし糸に絡め取られてしまえば、今度は自身の命が脅かされることになる。
あれだけの戦力を集めた組織でさえ弄ばれてしまうような世界なのだ。
だが、これは一つの転換点となる大きな事件だ。
従来の社会体制に異を唱える者たちが決起して各地で暴動を起こした。
この世界に少なからず影響を与えることになるだろう。
そんな中で静観していては重大な"何か"を見落とすことになる。
情報は何よりも価値があって、それを得られずに右往左往していては狩られる側に落ちてしまう。
裏懺悔なら何かを掴んでいるだろうか。
狩る側でも狩られる側でもない、自由気ままに生きている無法魔女。
戦闘能力も凄まじいが、それだけではなく彼女は多くの繋がりを持っているように見える。
ガレット・デ・ロワもその内の一つだが、思えばアダムと個人的な交流がある理由さえ知らない。
仕事の仲介業だけの関係ではないはずだ。
「……利益」
ぽつりと呟く。
各々に目的があって動いているが、どれも不透明を極めている。
精々、魔法省だけが治安維持という言葉通りの働きをしているくらいだろう。
上手く介入して真相を吊り出す。
目的のために黎明の杜を泳がせているのであれば潰して、逆に弱らせようとしているのであれば泳がせる。
フォンド博士がこんな機密を明け渡してきた直後にこの事態だ。
内部情報が流出しているのは十中八九彼の仕業だろう。
絶妙な匙加減で黎明の杜をコントロールしている。
だが、そんなことをして何のメリットがあるというのか。
手持ちの情報を整理するだけでは、どれだけ考えたところで答えには辿り着けそうもなかった。
そうなると、優先すべきはクロガネにとって最も利益となる選択肢。
「……介入するしかない」
複雑に絡み合った思惑を踏み潰す。
リスクを承知の上で、それでも踏み込まざるを得ないと考えていた。
以前とは違う。
より力を増した"今"の自分であれば簡単に命を落とすことはないだろう。
ユーガスマと遭遇さえしなければどうにでもできるはずだ。
一人で殴り込むのは無謀だが、戦力のアテがないわけではない。
小魚を釣り上げる程度のエサなら幾らでも用意できる。
帰宅して早々に外出の予定が出来てしまった。
クロガネは面倒そうに体を起こすと、手近なコートを羽織って外出する。
◆◇◆◇◆
――ゾーリア商業区東部、ルード街。
無法者たちが集う街。
魔法省でさえ立ち入ることが困難なほど、この場所には悪が蔓延っている。
「……」
大通りには甘ったるい匂いが充満している。
人前だというのに平然と薬物の売り買いが行われ、そのことを誰も疑問に思わない。
道の端でトリップした男がフラフラと歩いて、それを見た者たちが彼を指差して笑っていた。
三等市民の女が路地裏から手招きして男を誘う。
派手な入れ墨の大男が、視界を横切っただけの子どもに因縁を付けて暴力を振るう。
そんな日常の中で生きている。
ここでは外の常識は通用しない。
堂々と歩くことが許されるのは強者だけ。
至るところで嬌声と怒声が飛び交っている。
耳障りで不愉快だ……と、無意識に殺気立っていたせいだろうか。
喧騒が消え去って、人々は呼吸さえ押し殺すようにして道を開ける。
こんな街だからこそ理解してしまうのだ。
堂々と真ん中を歩いている少女が、この場で最も強いのだと。
自分本意な殺しを繰り返してきた者でさえ、その冷徹な眼を見ただけで萎縮してしまう。
腕に自身のある者は、勝算がないことを瞬時に察してしまう。
彼ら彼女らを臆病者と罵ることはできない。
戦慄級の無法魔女に喧嘩を売るなど、どんな馬鹿でさえ考え付かないような愚行だ。
そうして突き進んでいき、ある建物の前で立ち止まる。
悪趣味なルード街の中でも一際目立つ金装飾を施されたビルだ。
入口を警備していた用心棒がクロガネの顔を見て冷や汗を垂らす。
どうやら、前回押し入った時に立っていた男と同じらしい。
「ロウ・ガルチェに会いに来た」
「その……ロウ様は商談の最中でして」
当然ながら来訪の予約は取っていない。
重要な商談を邪魔させるわけにはいかなかったが、気安く門前払いできるような相手でもない。
「またドアを蹴破った方がいい?」
「い、いえッ――すぐに連絡いたします!」
用心棒の男は大慌てでビルに駆け込んでいった。
File:ルード街
ゾーリア商業区において最も治安の悪い街。
一帯を取り仕切っているアラバ・カルテルが薬物の流通を生業としているため、三等市民居住区よりも酷い有様になっている。