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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
181/312

181話

 情報を精査する必要がある。

 一連の事件には様々な思惑が絡み合っていて、外部から切り込むには危険な導線が多すぎた。


 魔法省とカルト宗教の争いであれば話は単純だった。

 もしクロガネが介入したとして、大きな恨みを買うようなリスクはない。

 むしろ公安側からすれば助力を受けたようなものだろう。


 だがその背後にはフォンド博士が控えていて、さらに統一政府カリギュラも世論を操作するための駒として黎明の杜を監視している。

 下手なタイミングで潰してしまえば標的がこちらに変わりかねない。


 自身が手を出すまでもなく解決する問題なのかもしれない。

 だが他人任せにして放置した結果、黎明の杜が儀式を成功させてしまう可能性もゼロではない。

 ここは惑わされることなく初志貫徹の行動を取るべきだ。


――この手で黎明の杜を壊滅させる。


 強奪してきたPCにはフォンド博士が言っていたデータが確かに存在していた。

 現時点における進行度と作戦スケジュール、儀式を行うための下準備に必要な資材。

 それだけではなく――。


「これは――」


 氷翠の持つ悪魔式。

 それぞれの器に宿った魔女の能力について、その詳細が記されていた。


 こんなものまで掴まれているようでは改革も何も無い。

 内通者が他にも存在しているのだろうか。

 おそらく同様のデータを統一政府カリギュラも入手していることだろうとクロガネは嘆息する。


 氷翠がヴァルマンを招き入れたことで本拠地も割れてしまった。

 隠れられる場所を失えば余計に身動きが取れなくなってしまうはずだ。

 そうなれば中途半端な状況で決起せざるを得ない状況に陥って――コントロールのしやすい反乱が完成する。


 一挙一動が様々な悪意に見透かされている。

 気付かない内に全てが手遅れになって、最後の最後に思い知らされる。


「……チッ」


 非道なやり方だ。

 甘ったれた考えで動いている黎明の杜も好かないが、統一政府カリギュラやフォンド博士の考え方も不愉快だった。

 まるで自分が神だと勘違いしているかのように傲慢な態度だろう。


 そこに並び立つ……或いは凌駕するような力がなければ対抗できない。

 この歪な世界を生き抜くために、いずれクロガネ自身も方向性を考え直す必要があるのかもしれない。


 文書ファイルやメッセージ等を閲覧しながら情報を纏め、屍姫にデータを送信する。

 彼女なら上手く活用してくれるはずだ。


 クロガネはPCに手を翳し――『破壊』

 痕跡を消し去ってからアルケミー製薬本社を後にする。



   ◆◇◆◇◆



 銃声が鳴り響く。

 虐げられ続けてきた三等市民たちが、黎明の杜に続くように決起していた。


 各所で魔法省の捜査官たちが被害に遭っている。

 装備こそガラクタ同然の代物ばかりだったが、命をなげうって暴動を起こす彼ら彼女らを止めるのは困難を極めていた。


 多発するテロ行為に人員を割けば、今度は本部の守りが手薄になってしまう。

 あまり数を派遣すべきではない――となれば。


「――破ッ」


 鉄槌の如き一撃が、暴徒たちを次々に蹴散らしていく。

 その拳は"正義"のために振るわれ続ける。


 執行官ユーガスマ・ヒガ。

 魔法省特務部・特殊組織犯罪対策課主任。

 魔女を除けば、人類で最も強い存在とされる男が猛威を振るう。


 ただの暴徒が彼を止められるはずもない。

 瞬く間に壊滅させられ、途中で武器を投げて逃げ出した者以外は死亡した。


 返り血に染まった手袋を外して、ユーガスマは嘆息する。


「愚かなものだ……"何も考えず、黙って社会に従えばいい"というのに」


 自我を捨てて人形のように。

 手繰られた糸さえ見えなければ、きっとそこには自由の余地が残されている。


「……違う」


 己の言葉を即座に否定する。

 口から自然と紡がれたはずだというのに引っかかりを覚える。

 何故だが苛立ってしまう。


「だが、何が違う」


 分からない。

 たった一言の呟きに過敏になりすぎているのだろうか。

 しかし、彼の直感が"誤りを見落としてはならない"と叫んでいる。


 こんな時世だからこそ己を見失ってはならない。

 迷いは誤りを生む。

 無惨に打ち倒された者たちも、きっと心の隙を黎明の杜に突かれたのだろう。


 秩序を乱す組織は潰さなければならない。

 市民への被害を最小限に抑えなければ……と、拳を固く握った時。


 電子音が流れてきた。

 魔法省から支給されている端末ではない、私用の端末に着信が来ている。

 応答すると、電話口から聞こえてきたのは――。


『特に後遺症も無く……どうやら、予後は良好のようだな?』


 フォンド博士からの着信だった。

 どこからか盗み見ているのだろうかと、ユーガスマは周囲を警戒する。


『あぁ、そう身構えずともいい。悪い報せではない』


 個人的な交流があるというわけでもなく、どういった経緯で番号を入手したのか不明だ。

 一等市民である彼ならば、勝手に探っても許されるのだろう。


「……話を聞こう」

『拉致されたヘクセラ長官の居場所を特定したのだよ。その端末に座標情報を送ろう』

「魔法省を介さずに、か。何を企んでいる?」


 私用の端末番号を調べ上げてまでユーガスマ個人に接触してきている。

 有益な情報ならば魔法省に伝えるのが最優先だろう。


統一政府カリギュラはヘクセラ・アーティミスを捨て、次の長官候補を用意しようとしている』

「交渉材料に使われないようにするためか」

『その回答では不十分だ』


 強く咎めるような口調だった。


『あらゆる事象を疑い、取り巻く人々を疑い、社会を疑い、己を疑い……誰にも信用を預けるべきではないと、君はそろそろ気付くべきだ』


 この件に関してユーガスマは"統一政府カリギュラの判断に誤りはない"と思っていた。

 だが、それでは思考停止でしかない。


統一政府カリギュラにとって扱いやすい人物を長官に据えると?」

『ふむ、着眼点は悪くない』


 フォンド博士はそう言いつつ、何か答えを教えるわけでもないらしい。

 思考をさらに深くまで進めなければ彼と対話することは叶わない。


「だが、フォンド博士が長官を助けることに何のメリットがある」

『好きに想像するといい。だが、損をさせるつもりはない』


 だがら操り人形になれ、と。

 警戒心は解かずにいたが、ヘクセラ長官を救出できるなら座標情報を受け取るべきだろう。


 史上最も優れた頭脳を持つ科学者。

 思考の深淵に潜むものを、どれだけ想像したところで凡人では指先が掠めることさえないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分は正直バカて勘違いのウジウジ系主人公があまり好きじゃないです。 だからクロガネ様の冷徹とスマートさに魅せられました、破壊を使う時は痺れました。 それと喋り方可愛い
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