18話
さらに二十分ほどが経過する。
必要な情報も大体把握して、ついでにベルナッドから組織についてもあれこれと聞き出した。
不足が無いと判断してからは、社会情勢についても気になる部分を詳細に喋らせた。
特にこの世界の社会構造については疑問が多い。
魔女や魔物のような脅威が存在する中で、なぜ元の世界と似たような構造になっているのかが不思議だった。
「政府が力を持ちすぎてんだよ。だから三等市民なんて言葉が生まれちまう」
裏社会には政府に反発する者で溢れている。
スラム街出身の者が大半を占めており、彼らが成り上がるには後ろめたい稼業に手を付けるしか方法がない。
現行の体制は極めて強固だ。
何か問題が生じた場合、即座に強権――魔法省の力を行使して弾圧する。
三等"市民"という肩書きは便宜上のものであって、社会福祉の一つさえ保証されない。
生まれつきの底辺と定められて、そのまま這いつくばって人生を終えるなど考えたくもないだろう。
だというのに、この体制は揺るがない。
上流階級が私腹を肥やしていたとしても。
三等市民の存在があるためか、中間層は余計に社会構造から目を逸らして生きてしまう。
「自分たちはマシな方なんだ……ってな」
吐き気がする……と、クロガネは嘆息する。
だが、幸せに溢れた世界でないなら、壊すことに余計な感情を抱かなくて済むかもしれない。
そんなことを考えていた時――。
「……緊急通信だ」
車に搭載された通信機が近場の信号を拾っていた。
ベルナッドは即座に端末を操作して繋ぐ。
『――ッ、――――ッ』
ノイズ混じりの音声が流れる。
叫ぶような男の声と、無数の銃声……そして悲鳴。
『――クソッ!』
聞き取れないほど通信状況が悪いのだろう。
最後に一度大きく叫ぶと、端末を落としたような物音が聞こえた。
「おいおい、これって……」
着信画面には――カルロの名前があった。
どうやら敵と交戦中らしい。
「かなり近いぞ……間に合うか?」
発信源を辿ると、どこか大きな建物に立て籠っているようだった。
車で移動するより早いだろう、とベルナッドは尋ねる。
「……チッ」
人助けのために走るなど面倒だし、嫌気が差す。
さすがに依頼内容を違えるわけにはいかないため、クロガネは近くの電灯を指差した。
「そこでいい」
「オーケイ」
停車させ、クロガネは意識を仕事に集中させる。
微かな潮の香り――港街リュエスは、白を基調とした石造りの建物が多いらしい。
「片道切符だ。帰りは輸送班を"優しく"使ってやってくれ」
ベルナッドは「幸運を祈ってるぜ」と親指を立て、清々しい顔をして走り去る。
構っている暇はない。
「――ッ!」
跳躍して建物の上に飛び乗り、屋根の上を渡るように駆ける。
大まかな方角と血の臭いさえ分かれば、見つけること自体は難しくないだろう。
そしてなにより――。
「――『探知』」
往来に何人いて、裏路地に何人いて――目当ての建物の詳しい場所まで全て見える。
その中でアタッシュケースを抱えて走っている男。
彼がカルロなのだろう。
中規模の廃工場で、建物内に生存反応は二つ。
彼と、もう一人だけ。
動きを窺い見れば、敵対的な存在であることはよく分かる。
他は全滅したと見ていいだろう。
建物内には敵味方を合わせて十の死体があり、死を間近にした者が何名か、建物外には大きな車両――魔法省の捜査官が五人ほど待ち構えていた。
さすがに頑丈な外壁を蹴破って乱入するような芸当は出来ない。
先に邪魔物を排除しなければならないだろう。
「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」
移動続きで、座ったまま待機するのは飽きてしまった。
ようやく体を動かせる……と、クロガネは首の骨を鳴らす。
先ずは入口の、車両付近で待機する二人組。
――死ねッ!
計二発――たった一呼吸の間に、二人が頭を弾けさせて倒れる。
各マガジンに残り六発ずつ。
異変に気付いた残りの捜査官が、門を遮蔽物にして銃を構える。
こちらを窺うように僅かだけ覗かせた頭部を――冷静に撃ち抜く。
残り二人。
門の左右に隠れて挟み撃ちを狙っているようだ。
相手も素人ではない。
強襲の効果を得られるのは最初だけ。
撃ち合いになれば人数の多い方が有利だ。
ただの銃なら脅威にならないが、対魔武器を携行している場合もある。
「――『探知』」
相手が視線を合わせて何らかの合図を送っていたのも丸見えだ。
遮蔽物は弾除けとしても心許ないだろう。
門の壁越しに撃ち抜いてしまおうか――などと考えるも、それでは力に頼りきりになってしまう。
自身の経験を優先させるべきだろうと笑みを浮かべる。
「――ッ」
一気に駆け出し、力強く地を蹴って敵前に躍り出る。
丁度、相手が意を決して攻撃を開始しようという瞬間に。
タイミングを計り損ねたせいで対応は追い付いていない。
呆れたように嘆息し、引き金に指を掛ける。
指先に僅かでも力を入れれば勝てる相手だが、その姿を見てクロガネの気が変わる。
「――この、無法魔女めッ!」
右側に控えていた捜査官の男が長柄の武器を突き出す。
特殊な形状の刃を穂先に付けた槍。
間違いなく対魔武器だ。
刀身は淡く光を帯び、柄の部分にも何らかの細工がされているらしい。
その視線、息遣い、筋肉の動きから何までを観察し――身を這いつくばるように屈んで躱す。
回転させるように足を滑らせて男の胴体に二発撃ち込んだ。
「ぐぁっ――」
怯んだ隙に足を振り上げて槍を弾く。
大きく体勢が崩れたところで――男の背を取るように組み付いてもう一人に銃を向ける。
「そんな、盾にするなんてっ!」
もう一方の捜査官は女だった。
恋仲にあるのか何なのか、それ自体はどうでもいい。
せっかく銃を構える時間があったというのに。
撃つことを一瞬でも躊躇した時点で負けが確定してしまった。
「……はぁ」
硬直した女の頭部を撃ち抜いて、盾にしていた男を地面に放り投げる。
彼も両方の肺を撃ち抜かれている。
放っておいても助からないだろうが、力を振り絞って増援を呼ばれると面倒だ。
手早く射殺すると、建物の方に視線を向けた。
File:低級-槍型対魔武器
魔物の中でも特に硬度の高い部位を刃状に形成し、穂先に取り付けたもの。
刀身と制御コアを繋ぐため、柄の内部に『静性メディ=アルミニウム』による回路が作られている。