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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
179/325

179話

「ねえ――そこまで見せてもいいの?」


 大袈裟に嘆息して見せる。

 今この場の状況を正確に把握できていないのは氷翠だけだ。


 ヴァルマンは何者かと繋がっていて、黎明の杜を食い物にしている。

 当然、この場でのやり取りも全て共有されることだろう。

 能力を見せるほど裏切られた際のリスクを増大させてしまう。


 クロガネは黎明の杜を操っている者に接触して、必要な情報を引き出したいだけ。

 予め彼の人間性を知っていたため暴力的な手段に出たが、アルケミー製薬ごと叩き潰そうとまでは考えていない。


 ここで能力を曝け出す必要などなかったのだ。

 手札の多さこそが氷翠の強みだが、それを内通者の目の前で披露してしまっている。

 恐らく映像資料として提出されるだろう。


 対して、クロガネは自分の能力として認知されている範囲で戦うことに専念していた。

 こんなに安く情報を他者に売り渡すつもりはない。


 氷翠だけが置き去りにされている。


 クロガネに勝ったとしてもヴァルマンから情報が流れ、負けたなら命が取られ組織も潰される。

 いずれにしても良い結果にはならない。

 仲間だと勘違いして救出に来た結果、自らの首を締めることになってしまった。


「そんな奴に、わざわざ手の内を明かす価値があるの?」


 彼が何者かに情報を流しているのは屍姫の調査によって確定している。

 その送信先まではセキュリティが厳重で調べられなかったが、黎明の杜の動向は彼を通じて外部に漏れている。


 それを知らない氷翠には、単に仲間を侮辱されたようにしか見えないだろう。

 他者の善意に期待するから身を滅ぼす……と、クロガネは哀れみさえ感じていた。


「禍つ黒鉄……お前はどうして、そんなに非情になれる?」


 剣を構え、氷翠が問う。

 仲間の意志を継いだ剣を正眼に、勇ましく。


「価値を感じないから。それだけ」

「なっ――」


 クロガネからすれば、この世界の人間が生きていようが死んでいようがどうでもいい話だ。

 利用価値があるなら手を組んでもいいが、仲間などという軟弱な言葉に惑わされるつもりはない。


 この世界は自分の居場所ではない。

 無用な繋がりを持つ必要もない。

 そうでなければ、元の世界に戻るという目標が薄れてしまう。


「氷翠こそ――」


 刀を構え、魔力を練り上げる。

 戦慄級の魔物『死渦しか』の爪を用いた対魔武器は、さらに『破壊』を上乗せしても問題ないほどの硬度を誇る。


「――そんな甘い考えで、生き残れると思わない方がいい」


 体から破壊の力を放出させて強引に『能力向上』を発動。

 瞬時に距離を詰め、下から斬り上げる。


 このまま受けては剣が弾き飛ばされると"見えた"のだろう。

 氷翠は後方に下がりつつ、迎え撃つため魔法を行使する。


「人を信じられないお前に何が分かるッ!」


 無数の氷刃が飛来するが、全てを死渦しかの刃で斬り伏せる。

 どれだけ量を増やしたところで意味がない。


 きっと、誰かを疑うような真似をしたくないのだろう。

 それだけ生温い環境で育ってきたのか、或いは強い心を持っているのか。

 いずれにしても、クロガネからすれば不合格だ。


「馴れ合って生きていけるほど、この世界は甘くない――『思考加速』」


 一段階ギアを引き上げ、氷翠を上回る速さで距離を詰めていく。

 綺麗事だけ吐いても弱いままでは意味がない。


「くッ、悪魔式――『複合行使シンセシス』」


 氷翠は消耗を省みず魔法を大量に発動させる。

 近接戦闘は分が悪い。

 経験の差を埋めるための『万象先視アーリーヴィジョン』を含めても、やはり余裕がなかった。


 だから、無理矢理にでも動きを封じる必要がある。

 氷翠は僅かな魔力だけを残して、その瞬間に全てを注ぎ込んだ。


 たった一人の魔女を相手に使うような魔法ではない。

 建物が倒壊しそうな勢いで猛攻を仕掛けると、ようやくクロガネが対処するために足を止めた。


 それも一瞬のこと。

 おもむろに手を翳したかと思うと、直後に発動した魔法の全てが消し飛んだ。


「――『破壊』」


 ただ一言だけ呟いて、クロガネは場を制圧してみせた。

 技量の差を物量で覆すという発想自体は悪くはなかったが、能力の相性が悪すぎた。


 支配領域内なら自在に『破壊』を行使することが可能だ。

 間合いの内側では圧倒的な有利を得られるのが魔女の強みだが、中でもクロガネは際立っている。


 氷翠は想定外の光景に舌打ちつつ、しかし次の魔法を完成させていた。

 先程の『複合行使シンセシス』は本当の目的を隠すためのダミーだった。


「――ヴァルマン、こっちにッ!」

「ああ!」


 僅かな時間を『空間転移』に費やして、ヴァルマンに手を伸ばす。

 彼を助けるために無茶をしたようだ。


 転移先はおそらく黎明の杜の本拠地だろう。

 負傷したヴァルマンを治療させ、そして基地の座標を知られることになる。


 ここで深追いする必要はない。

 クロガネは攻撃の手を止め、一言だけ。


「次に会ったら、どっちかが死ぬまで――」


 殺し合おう、と。

 右手に持った『死渦しか』の刃を氷翠に向けて宣言する。


 氷翠も悪魔式を揃えて格段に強くなっていた。

 これ以上の猶予は無い。

 黎明の杜が掲げる目標――"世界の再起動"を阻むには、そろそろ決着を付ける必要がある。


 転移が完了して、氷翠たちの姿が掻き消える。

 ヴァルマンを逃してしまったが、無駄に狡賢い彼を相手にするよりずっと都合の良いものがある。


 命の危険がある中で、さすがにデスク上のPCまで意識を向ける余裕はなかったのだろう。

 それどころか携帯端末まで放置されている。

 これらを回収すれば、黎明の杜のついて、より機密性の高い情報を得られることだろう。


「……?」


 ふと、携帯端末が通信中になっていることに気付く。

 今も繋がっているようで、通話時間は増え続けていた。


 襲撃を受ける直前まで誰かと話していたのだろう。

 あまり盗み聞きをされても面倒だと、端末に手を伸ばすと――。


『――全て、想定通りの結果となったようだ』


 その冷淡な声に、心臓が握り潰されるような激しい痛みを覚える。

 長らく忘れていた感情が呼び起こされ、クロガネは思わず手を止めてしまう。

File:『複合行使シンセシス


集めた悪魔式の力を統合して同時に発動させる技術。

魔法は氷翠の持つ性質によって上書きされるため、大抵は"冷気"を帯びて様々な不利益を相手に齎す。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石姉御、覚悟の決まり具体が段違いだぜ…カッコいいぜ… [一言] 氷翠ちゃん根はすっごく良い子そうなのに常に悪い人たちに踊らされてる感があって、それがどうにもよくない未来を暗示しているよう…
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