175話
身の丈ほどのミサイルランチャーを肩に乗せ、クロガネは建物の屋上に身を潜めていた。
「……三機か」
小さく呟いて、照準を合わせる。
頑丈な装甲とESSシールドによって守られているようだ。
威力を試すには丁度良い……と、タイミングを図る。
高性能な追尾システムを搭載した兵器。
今回マクガレーノから仕入れた武器の中でも飛び抜けて高額な代物だ。
対魔武器ではないものの、携行可能なものとしては最大級の効果を期待できるだろう。
じっと待機して、可能な限り近くまで引き付けようと試みるが――。
「――羽音が煩い」
プロペラの駆動音に舌打ちつつトリガーを引く。
あれが間近まで迫ってくるのは御免だった。
仕入れたミサイルランチャーは値段を裏切らず、距離などお構いなしに瞬間に着弾。
ESSシールドを突き破って、装甲までは破壊しきれなかったがプロペラ部分を大きく破損させる。
そのままバランスを崩して地面に落下し、衝撃で装甲ヘリは大破した。
たった一発だけでも一般人なら天を仰ぎたくなるような価格だったが、クロガネも依頼をこなしてきたおかげで資金には余裕がある。
これほどの威力を期待できるなら、装備に注ぎ込む価値は十分にあるだろう。
大通りを見下ろせば、突然の出来事に双方が困惑したようにヘリコプターに視線を向けていた。
墜落して燃え上がる残骸。
魔法省の装甲ヘリはそう簡単に撃墜できるような代物ではない。
黎明の杜からすれば都合の良い状況だ。
空を警戒せず撃ち合いに集中できる。
味方の増援が来たと勘違いしても不自然ではないだろう。
再び銃撃戦が再開され――しかし、クロガネの方に残った二機が屋上に迫ってきた。
ミサイルの軌道から即座に位置を割り出したのだろう。
機体下部に取り付けられた機銃が、唸るように回転を始め――。
「機式――"フェルス・クラフト"」
クロガネも機関銃型の機式を呼び出して、真正面からの撃ち合いに応じる。
身を隠すこともせず、片手でトリガーを引きながら。
「――『破壊』」
もう片方の手で魔法を発動させて銃弾の嵐を受け止める。
自身の前方に破壊の力を込めた円形の層を作り出すことで、降り注ぐ銃弾を一切寄せ付けない。
対する魔法省側は、機式の威力に耐えられずESSシールドを凄まじい勢いで消耗していく。
『駄目だ、離脱するッ――』
ヘリコプターは即座に向きを反転させ、クロガネから距離を取る。
ESSシールドを削り切ることも不可能ではなかったが、今回のメインターゲットは魔法省ではない。
黎明の杜を徹底的に叩き潰す。
その活動を妨害しつつ情報を掻き集め、氷翠の野望を打ち砕くのだ。
最終的に、彼女たちの命も奪うことになるだろう。
眼下では激しい撃ち合いが続いている。
先ずは魔法省を片付けて、その後に黎明の杜を仕留めるべきだ。
ESS装置を展開させて陣形を組んでいるが、あれでは上空からの攻撃には対処できない。
それをカバーするはずの航空支援もクロガネを警戒して距離を取っている。
迂闊に近付けば即座に撃墜されると理解して、ミサイルの射程ギリギリの場所で待機していた。
恐らく本部に増援を求めているのだろう。
このままでは地上で奮戦する対テロリスト部隊を見殺しにしてしまう。
当然だが、その到着を待っているつもりはない。
「――『能力向上』『思考加速』」
今が好機だ。
機式の召喚を解除してハンドガンに持ち替えると――屋上から飛び降りて急襲を仕掛ける。
降下しながら二人。
着地と同時に間近にいた一人。
計三人を手早く仕留め、さらに他の捜査官たちに襲い掛かる。
「無法魔女だ!」
「と、飛び降りてきやがった!?」
まさかビルの上から仕掛けてくるとは思っていなかったのだろう。
彼らにも咄嗟に応戦するだけの技量はあったが、そもそもの格が違いすぎた。
翻弄されている捜査官たちを見て、執行官がMEDを起動させて魔力減衰の力場を作り出す。
「怯むなッ! 前方を警戒しつつ対魔女装備に切り替えるんだ!」
執行官が声を上げ、剣型の対魔武器を起動させる。
他の者たちも即座に対魔女用の装備に切り替え、クロガネの動きを止めようと試みる。
「無駄ッ――」
戦慄級の魔女はMEDで封じられるような存在ではない。
陣形の内側に飛び込んできたクロガネを止められる者などいなかった。
次々と捜査官たちを片付けて、最後に執行官を地面に這い蹲らせる。
対テロリストを想定した編成では魔女には対応しきれなかった。
「魔法省に楯突くなど、許される行為では……ッ」
最後に銃声が一つ。
魔法省の対テロリスト部隊を相手に、掃討に一分もかからなかった。
視線を反対側に向ける。
やはり黎明の杜側の増援だと思われたらしく、誰一人として逃げ出した様子はなかった。
そればかりか、既に勝利を喜んでいる者さえいるくらいだ。
クロガネは苛立ったように舌打ちをして、先ほど撃墜したヘリコプターに向かって歩き出す。
唯一、部隊を率いていた男だけは警戒しているようにも見える。
こちらの様子を窺いつつ、弾薬を補充したり負傷者の手当てをして態勢を整えていた。
だが、本来であれば――。
「おい……あの魔女、何をするつもりだ」
クロガネは先程撃墜したヘリコプターの残骸から機銃を引き剥がす。
それ自体は脅威ではなかったが、真正面から撃ち合ってみて興味を惹かれていた。
これほどの速度で連射可能な武器があれば便利だろう……と。
手元に魔力を込め、イメージを浮かべる。
砲身は長く、無数の束ねられたバレルで円を描くように。
その回転は唸るように、そして甲高く叫ぶように。
地面に突き立てられた牙のような脚部と、ターンテーブルで本体と繫ぐ。
わざわざ持ち運ぶ必要はない。
襲い来る全てを撃滅すればいいだけの話だ。
大口径の弾薬を装填。
先ほどの装甲ヘリも容易に撃墜できるように。
そうして思い描いたものこそ――。
「機式――"カヴァレリスト"」
圧倒的な殲滅力を誇る機関砲だった。
その物騒な砲身が自分たちに向けられていることに気付いた瞬間、リーダーの男が叫ぶ。
「ッ――逃げろ!」
敵の敵は味方ではない。
視界に映る全てが、クロガネにとって利用価値があるか否かの存在でしかない。
黎明の杜は敵だ。
世界を壊して作り直す……そんなことを許してしまえば、元の世界に帰還するための手段を見つけられなくなってしまう。
利害が対立すると認めた瞬間、彼らは排除すべき組織となった。
難しい理屈を捨て去って、ただ己の目標のために犠牲を強いる。
邪魔になる者は全て殺さなければならない。
背を向けて逃走を始めた者たちを憐れむ気持ちはない。
強者だけが自由を謳歌でき、他者を踏み躙ることができる。
だから、これも仕方のないことだ。
そういう世界なのだから。
唸るように激しい音を立てながら砲身が回転を始め――。
「逃さないッ――」
冷徹な顔でトリガーを引く。
クロガネの姿を見た時点で、彼らは武器を投げ捨てて逃げ出すべきだった。
File:カヴァレリスト
貫通力・発射速度に秀でた機関砲。
ライフル型の機式"ペルレ・シュトライト"と同口径の弾薬を毎分8000発撃ち出すことが可能。
通常使用時は極めて魔力消費が激しいため、消耗を抑えるために事前に弾薬を錬成しておく必要がある。