表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
173/325

173話

――ゾーリア商業区北西部、パレシア四番街。


 グラスを傾けながらため息を吐く。

 琥珀色に透き通ったウイスキー――キャラメルの香りが心地のいい酔いを与えてくれる。


 少女が一人でバーカウンターに腰掛けていれば、誰かしら声をかけるものがいるはずだ。

 治安が悪いこの街で、酔って無防備な姿を晒していると犯罪に巻き込まれかねない。


 だが、この街に住む者たちだからこそ近付こうとしない。

 そこにいる人物の目を見ただけで、裏稼業を請負う汚れの魔女だと理解できるからだ。


 もし迂闊に手を出そうものなら殺されかねない。

 バーで酒を嗜む一時でさえ、そんな鋭い殺気を常に纏っている。


「……はぁ」


 端末を弄りながら、並んでいるニュース記事を眺める。

 普段であれば大した事件も起きないが、黎明の杜によるテロ事件以降は物騒な話題で溢れていた。


――魔法省支部に爆発物を所持する男が侵入を試みようとして逮捕。


――プラカードを掲げて「我々を解放しろ」と行進する集団が、駆け付けた捜査官たちによって連行される。


――無差別殺人の容疑者「見て見ぬフリをする二等市民も同罪だ」と主張。


 下らない……と、クロガネは呆れたようにページを閉じる。

 あまり興味を引かれるような話題はなかった。


 近頃は黎明の杜に触発された者たちによってテロ行為が相次いでいる。

 多くは三等市民による抗議活動だが、魔法省からの弾圧が強まる一方で意味を成していない。

 生半可な暴力で訴えたところで効果は薄いだろう。


 たとえ黎明の杜と合流して規模を拡大したとしても。

 圧倒的な個ユーガスマが派遣されるだけで崩れる程度の集まりにしかなれない。


「あら、何か気になることでもあるのかしら?」


 クロガネの目の前にチョコレートケーキが置かれる。

 対面ではマクガレーノが「お得意サマにサービスよ」と笑みを浮かべる。


「と言っても、まあ……アレしかないわよねぇ?」


――黎明の杜。


 巷を騒がせている宗教組織。

 統一政府カリギュラに宣戦布告をし、今現在も各地でテロ行為を繰り返す団体だ。

 一人の悪党としてマクガレーノも関心があるらしい。


「あれだけ魔法省を煩わせられる組織は他にいないでしょうね。規模も大きくて、簡単には潰れそうにないし」

「それが本心?」

「まさか」


 マクガレーノは鼻で笑って否定する。


「温室育ちのテロリスト。あんなもの、力があるだけの同好会よ」


 計画は全てが能力任せ。

 様々なツテを持っているようだが、外部との繋がりは裏切り等のリスクを抱えやすくなる。

 統一政府カリギュラを相手にするには頭脳が足りない。


「大雑把すぎるのよね。掲げる旗印は悪くないのだけれど……」


 言ってしまえばそれだけ。

 才能こそ目を見張るものがあるが、その人材を活かすには組織として未熟すぎる。

 世界を引っくり返すような大革命を起こせるとは到底思えなかった。


「それで、アナタはどう見ているのかしら?」

「別に。そっちの考えと大して変わらない」


 統一政府カリギュラは狡猾で残忍で、さらに世界を管理下に置くだけの組織力がある。

 一方で、黎明の杜にあるのは他者に甘えた中途半端な覚悟だけ。

 マクガレーノが"同好会"と揶揄するのも仕方がないだろう。


――世界を再起動リブートする。


 大層な目標を掲げているが、あのままでは社会の至る所に蔓延る悪意に取って食われるだけ。

 ここまでの動向を見ても組織の独力で動いているようには見えない。


 だが、それでも。


「あの子たち、世界を一度メチャクチャに壊すつもりなんでしょうね。そうでもしないと、この歪んだ社会は正せないもの」


 マクガレーノの呟きにクロガネの手がピタリと止まる。

 なぜ、その可能性を考えずにいたのか。

 未熟な組織だと知って、その結末を排除してしまっていたのだろうか。


「世界が壊されたら……」


 あらゆる文明が失われ、記録は消失し、ただ廃墟を彷徨うことになる。

 果たして、そんな世界の中から"元の世界に帰還するための手掛かり"など見つけ出せるのだろうか。


 氷翠の持つ悪魔式はそれを可能とする力を持っているかもしれない。

 統一政府カリギュラの監視を集める都合の良い存在から、自身を脅かす組織に変わるのだとすれば。


――この手で潰さなければ。


 当面の行動方針が定まった。

 クロガネはグラスの中身を一気に飲み干して、マクガレーノに視線を向ける。


「……頼んでいた代物は届いてる?」

「ええ、メンテナンスもバッチリ済んでいるわよ」


 バーカウンターの奥にある闇取引場。

 そこには顧客から注文を受けた、法に触れるような様々な品物が保管されており――。


「全部持ってきて。それと、ありったけの弾薬を用意して」


 殺しを生業とした銃使いの魔女。

 冷徹に標的を仕留め、その名は裏社会において大きな意味を持つ。


 曰く、魔女殺しの専門家。

 曰く、戦争屋と一人で殺り合った戦闘狂。

 契約を違えたことなど一度もない、戦慄級の無法魔女アウトロー


「騒がしくなりそうね」


 マクガレーノは肩を竦め、注文の品を取りに向かった。

File:フェルカーモルト


クロガネが飲んでいたウイスキー。

甘いキャラメルの香りで飲んだ者の心をとろけさせるため、裏社会では"殺し屋の休息"という愛称で親しまれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ