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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
171/325

171話

『――実験体番号0050Σフィフティーシグマ


 無機質な声が響く。

 真っ白で何もない部屋の中で、佇んでいる少女に向けられた声だ。


 呼び掛けに応じるように虚ろな瞳が微かに動く。

 意思を摘まれた脱け殻――白髪の魔女が前に歩み出る。

 対面で唸っている獰猛な魔物を前にして、表情一つ変えずに手を構えた。


 首輪型MEDによって完全に飼い慣らされた実験体。

 彼女はフォンド博士に言われるがまま、身を磨り減らしてこの場に臨んでいる。


 従順な彼女は、毒薬を与えられても躊躇せずに飲み干してしまう。

 繰り返し投与され続けたエルバーム剥薬によって、反抗するという発想さえ消え去ってしまった。

 精神汚染された少女に自我は無い。


 都合が良いサンプルだ。

 しかし、何故だか不満を感じてしまう。


 と比較して、この実験体は成果に乏しい。


『――機動試験開始。存分に健闘してくれたまえ』


 その言葉を合図に、少女は戦闘を開始した。



   ◆◇◆◇◆



「……ここは」


 泥のような暗闇に沈んでいた意識。

 もう失われたかと思われた心は、奇跡的に浮上して目を覚ました。


 ゆっくりと体を起こせば、どうやら自分はベッドに横たえられていたらしいと気付く。

 首輪に繋がれて固い地面に転がっていた、あの悪夢のような施設とは別の場所のようだった。


「ッ……」


 身体中に酷い痛みを感じる。

 ろくな治療も施されず、機動試験と称して殺し合いをさせられる日々。

 自分と同じように捕らわれていた少女たちを何人も手にかけて、今こうして生き長らえている。


 魔法で冷気を生み出して患部を冷やし、痛みを堪える。

 いっそ感覚がなくなるまで凍り付かせてしまえば……そんなことを考えて、少女は思考を振り払う。


 そんなことをすれば、きっと歯止めが効かずに自死を選んでしまう。

 そう思いつつ傷口に手を当てると――。


「これは……?」


 体中に簡単ながら医療処置が施されている。

 傷口も縫合されていて、至るところに包帯も巻かれている。


 いったいなぜ……と、疑問に思いながら首筋を掻こうとして気付く。


 従属の象徴とも言うべき首輪型MEDは外されている。

 そのおかげで、継続的に投与されていた薬剤の精神汚染が薄れたのだろう。

 問題は、何の意図があって自分を解放したのかという点だった。


「――目を覚ましたようですね」


 声が聞こえて、少女は思わず身構える。

 しかし、それはこれまでの記憶に無いような、あたたかく優しい声だった。


「……警戒してしまうのも仕方のないことです。貴女は非人道的な研究に巻き込まれ、心を壊されてしまったのですから」


 そっと手を握って、じっと目を見詰め。

 これまで味わってきた苦痛を癒すように抱擁して。


「私は啓崇けいすと申します。あの施設に捕らわれていた貴女を、身勝手ながら連れ去ってしまいました」


 そう言って微笑む啓崇からは一切の悪意を感じられない。

 困惑しつつ、少女は名乗ろうとして――。


「わ、私……私は、いったい?」


 何も思い出せない。

 名前も年齢も家族の事も、何もかもが空白になっている。


 大切だったはずの記憶が失われてしまった。

 自分という存在が抹消されてしまった。

 そして――人生の始点は、あの悪夢のような実験施設から始まっている。


「……マギ=トランス忘失ですね。後天的に目覚めた魔女は、記憶に欠落が見られると聞きますが」


 それにしても、覚醒する以前の記憶を全て失うなど稀なケースだ。

 啓崇は心配そうに少女を見詰める。


「辛いことをお聞きしますが……どんな人体実験をされたか覚えていますか?」

「確か……体に、何か恐ろしいものを……うぁッ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」


 思い出した瞬間に、その際の記憶がフラッシュバックする。

 悍ましい魔力を帯びたコアを埋め込まれ、身体中を蝕まれていく恐怖。


 その施術のせいで記憶を失ったはずだというのに、その際の記憶は捨てさせてもらえない。

 ただ恐怖だけが魂に刻み込まれ、薬剤に抵抗する意思さえ抑圧してしまった。


 震える背中を擦りながら、啓崇は幼子をあやすように「大丈夫、大丈夫」と繰り返し呟く。


「はぁ、はぁ……っ」


 荒く呼吸を繰り返しながら、徐々に心拍を落ち着かせていく。

 啓崇の声が聞こえる度に「ここに怖いものはいない」と思えてきて、その優しい声がゆっくりと恐怖を溶かし始めていた。


 体の震えが収まった頃合いに、啓崇はそっと手を差し伸べる。


「色々と辛い思いをしてきたのだと思います。けれど、今は難しいことは忘れて――」


 少女の手を引いて立ち上がらせると、優しく微笑んで。


「――さぁ、お食事でもいかがですか?」


 そう言って、部屋の外に連れ出した。

File:実験体番号0050Σフィフティーシグマ


フォンド博士による人造魔女シリーズの一人。

メディ=プラント施術によって遺物"■■■■■の■■"を埋め込まれている。

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