17話
移動を始めてから六時間ほど経過していた。
出発した際は夜だったが、今では日が昇り始めている。
都市部から離れるにつれて、徐々に街並みは移り変わっていた。
巨大なビルの建ち並ぶ鉄筋コンクリートの冷たいから、閑静で面白味のない住宅街に。
そして、目的地――リュエスという港町が近付いてくると、行き交う車も流通に関わる輸送車の割合が増えてきた。
「……」
文明水準の高さは問題ではない。
国を跨いでも共通する生活概念もあるのだから、異世界で似たような暮らしがあってもおかしくはない。
気掛かりなことが一つ。
乗り物までもが、元の世界と類似するのはおかしいのではと。
自身のように、研究や発展のため召喚されてきた人間は他にもいたのでは――と、クロガネは結論付ける。
調べたところですぐに得られる情報ではないため、適当なところで思索は放り出してしまった。
間もなく目的地に到着する頃だろう……という頃合いで、酷い渋滞に捕まってしまう。
しばらく様子を見ていたが、どうにも進みが悪い。
「……チッ」
「あ~、アレだ……菓子でも食うか? 空腹はなんとやらってヤツだ」
クッキーを幾つか取り出すも、バックミラーに映るクロガネの目付きが鋭くなったため慌てて片付ける。
子供騙しで機嫌がマシになるとは思っていなかったが、かえって悪化させてしまった。
ベルナッドは胃を抑えて「あー、こりゃやっちまったか……」と呻いていたが、ふと顔を上げて声を漏らす。
「……マジかよ」
心の底から嫌そうに呟く。
視線の先には、魔法省の職員が何人も待ち構えていた。
「検問?」
「あぁ、そうなんだが……」
魔女がいる。
黒いスーツを着用して、左肩には白色の生地に黒線で五芒星の描かれた腕章。
そして、首元には見覚えのある"輪"が付けられていた。
――飼い慣らされているのだろうか?
魔法省に服従する証として、あの精神抑制薬を仕込まれた首輪を付けるのだろうか。
あり得ない、デザインが似ているだけだ……とクロガネは肩を竦める。
さすがに考え方が物騒に寄りすぎている。
一応は社会として成り立っているのだから、そこまで非人道的な制度が表面化するとは思えなかった。
「あれは真偽官だ。心を読んだりだとか、そういう類いの力を持つ魔女がなるらしい」
嘘偽りを並べ立てたとして、彼女たちの前では通用しない。
こういった手合いが検問を行っているとなれば、小規模の輸送班では突破出来ないだろう。
「真偽官の魔法は絶対だ。裁判の決定的な証拠になるくらいのな」
「……そう」
公的機関である魔法省、その官僚から提出された保証された根拠という扱いになる。
その場で尋問をされたなら誤魔化しようがない。
「どうすんだよ……あぁ、クソ。順番が回ってきちまう。どうすりゃいいんだ」
今さら渋滞から外れようとしたところで、間違いなく不審に思われて止められてしまう。
余計なことに気を取られすぎてしまったと後悔していた。
「いっそ強引に突破するか!?」
「あんたは口閉じて愛想良くしてればいいよ」
行儀良く縮こまって、バカな娼婦みたいに笑顔でも振り撒いとけ、とクロガネは座席を蹴る。
派手にやらかしてしまえば、帰りの検問はさらに強化されていることだろう。
「私が相手する」
だから黙ってて、と脅すように念を押す。
もし上手く行かなかったとしても、強行突破は最後の手段にしたかった。
魔法省にも当然ながら"戦慄級"が登録されている。
名前を出すだけで抑止力となる存在だ。
強大な力を持つ魔女を相手に、今の自分がどこまで戦えるかは分からない。
「……順番が来るぞ」
ベルナッドは口角を必死に持ち上げながら検問所に入る。
「――検問中です。車内をスキャンさせていただきます」
捜査官が手元の端末を操作すると、左右に配置されていた縦長の機械から光が照射される。
「武装なし、薬品類なし。車内に以上はありません」
クロガネの機式は魔法によって生み出されている。
手元に呼び出さない限りは引っ掛からない。
ただのドライバーとして同行しているベルナッドも、武器は携帯していないらしい。
検問のために丸腰で寄越されたのだろう。
アダムなら平気でやりそうだ……と嘆息する。
武器も持たないのでは、案内役以外に使いようがない。
「――真偽官。尋問を」
「は、はいっ」
黒いスーツが似合わないほどに気弱そうな少女だった。
クロガネよりも幾つか年下で、緊張した面持ちでじっとこちらを見つめている。
危険な仕事をさせられるような年齢には見えない。
魔女という肩書きだけで引っ張り出されているのだろう。
この時間帯でさえ拘束されているとなると、登録魔女にはあまり自由がないのかもしれない。
「魔法省"魔女名簿"登録魔女、咎人級真偽官――白火の名の下に、公正なる尋問を開始します」
災害等級は最底辺。
戦闘能力のみを見るなら、そこらの大人と変わらないだろう。
問題はその力だが――。
「この魔法……手の上で揺らめく火は今、白色をしています。あなたが嘘を吐いた場合、火は黒く染まるでしょう」
真偽の判定に振り切った能力だ。
嘘を吐かなければ問題ないのだから、上手くぼかしたりして躱せばいい。
ベルナッドはへらへらと軽薄に笑いつつ、後部座席の窓を開ける。
その様子に白火は気味悪そうに顔をしかめるも、気を取り直してクロガネに尋ねる。
「あなたはこの先に何の目的がありますか?」
「人に会いに来た」
火は白色のまま揺らめいている。
「犯罪行為をするつもりはありますか?」
「まさか」
あくまで護衛をするだけ。
穏便に済めば、人を殺めたりせずに帰れるだろう。
火は白色のまま揺らめいている。
「……あなたは手配中の密輸犯に関わりがありますか?」
「そんな人は知らない」
別人かもしれない。
そんなものは詭弁だが、魔法によって検出されるものは"本人の意識"が強く関わっているらしい。
長ったらしい前口上の間に『解析』を終えている。
結局のところ、彼女の魔法は嘘発見器のように呼吸や心拍を把握しているだけのものだった。
嘘は吐いていないというスタンスを取るだけで、やろうと思えば幾らでも欺けてしまう。
色が黒く染まることはない。
白火は怪訝な顔をして、より強く問う。
「……あなたは裏社会に関わりがある。"イエス"か"ノー"で答えてください」
確信に迫る。
明らかに怪しい人間を追い詰めるための質問なのだろう。
逃げ場のない聞き方をすれば、必ず尻尾を現すことになる。
「"ノー"」
クロガネは嘆息する。
火が黒く染まることはなかった。
「……これにて尋問は終了となります。ご協力ありがとうございました」
不服そうな顔をしている。
明らかに"黒"だと分かっていて、取り逃してしまう……そんな表情をしていた。
検問を通り抜けると、ベルナッドは気になって尋ねる。
「なあ、最後のアレはどうやったんだ?」
「あの魔法は呼吸や心拍を数値化して読み取ってるだけ。伝達信号の大きさを反魔力で減らせば誤魔化せる」
当然、それを出来る魔女など限られている。
少なくとも大罪級でなければ、無理矢理に結果を変えるのは不可能だ。
「MEDとかで代用できるかもね」
わざわざ調べるつもりはない。
クロガネ自身が強力な反魔力を持っているのだから、成否に関わらず徒労に終わるだけだ。
幸いにも、今回は相性が良かった。
もし心を除き見るような能力を持つ魔女がいたならば、反魔力で誤魔化そうとすればすぐにバレてしまう。
今後はそういった場合の対処法も考えておく必要があるだろう。
File:咎人級『白火』
戦闘能力に乏しい登録魔女。
咎人級としては平均的で、手元に呼び出した白い火は遠距離攻撃にも使える。
十三歳で、身体能力は同年代の人間と比べて高いが、あくまで常識の範囲内に収まっている。