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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
168/309

168話

 時は僅かに遡り――ユーガスマがC-5区画に突入した直後。

 魔法省の封鎖作業を、高所から見下ろす人影が三つあった。


「これは……想像以上だ」


 氷翠が呟く。

 どれほどの被害が出るのか、どれほどの命が失われるのか。

 間近で見るエーテル公害の発生現場はあまりにも惨い。


 溢れ返る魔物を捜査官たちが必死に押し止めている。

 周辺地域の魔法省支部から戦力をかき集めたようで、封鎖作業も順調に進んでいるらしい。

 このままいけば、夜明け前には封鎖が完了するはずだ。


「けど、そうはさせない」


 氷翠が呟いて、屋上の縁に腰掛ける。

 この状況を利用することこそが今回の目的なのだ。

 結果的に封鎖作業を妨害することになるため、罪のない人間にも様々な影響があることだろう。


 全ての罪を背負う覚悟でこの場に臨んでいる。

 この程度のことで悩むほど弱くはない。


啓崇けいす

「はい。準備は全て、滞りなく」


 この日のために尽力してきたのだ。

 黎明の杜という希望が世界に変革を齎すのだと……それを苦しんでいる人々に示すことで、今よりも遥かに大きな波を作り出す。


壊廻かいね

「うん。順調に情報が出回ってるみたい」


 エーテル公害を目の当たりにした人々が、ソーシャルメディアを用いて情報を拡散している。

 統一政府カリギュラならば即座に対応するはずだったが、不思議なことに検閲はまだ入っていないようだった。


 それだけ対応に労力がかかっているのだろう。

 近隣の魔法省支部から大量に人員が派遣されており、大慌てで封鎖作業に取り組んでいる。

 この混乱に乗じて、自分たちの目的を果たすべきだ。


「これだけ大規模なエーテル公害が起きれば――」


 聞こえてくるのは、現場に駆け付けた報道ヘリの駆動音。

 さらに、地上ではカメラマンたちが生中継で映像を世界に伝えていた。


 これこそ待ちに待った好機だ。

 魔法省に大打撃を与え、メッセージを全世界に発信する。


 黎明の杜の行いを非難する者もいるだろうが、現行の体制に反発する者も少なからず存在する。

 統一政府カリギュラの作る世界はあまりにも息苦しい……と、そう考えている者たちに見せ付けるのだ。


 C-5区画を包囲する魔法省の捜査官や登録魔女たち。

 その命を狙うように、至るところに仲間が潜んでいる。


 誰も死を恐れない。

 刺し違えてでも結果を残したい。

 己の人生に意味があったのだと、そう示すために。


 あとは一言、指示を出すだけ。

 世界に変革を齎すための第一歩として――氷翠が手を前に突き出す。


「――行動開始」


 声を合図に至るところから銃声が響き始める。

 奇襲は成功し、圧倒的に有利な状況を生み出せていた。


 三等市民たちの魂の叫び。

 虐げられてきたことに対する恨みを晴らすように、次々に捜査官たちを殺めていく。

 黎明の杜と汚染エリアから溢れてくる魔物に挟まれるような形となり、どちらに意識を向けようと命を取られてしまう。


 だが、相手も経験を多く積んできた専門家だ。

 突然の襲撃に捜査官たちはパニックに陥りながらも、彼らを率いる執行官によって徐々に体勢を立て直し始めていた。


「チッ……予想よりもしぶといな」


 氷翠が舌打つ。

 生身の人間である捜査官ならともかく、強化手術を施された執行官や登録魔女が相手では歯が立たない。


 静観はここまで。

 強敵を仕留めることこそ氷翠たちの仕事だ。


「啓崇はこのまま一帯を見下ろしながら支援を。壊廻は私に付いてきて」


 氷翠はビルから飛び降りて、着地と同時に駆け出す。

 後方三メートルほどの距離を維持しながら壊廻も続く。


 この襲撃も中継されているのだから、無様な敗走姿など晒せない。

 いかに黎明の杜を強く見せるか。

 それこそが重要だ。


 混戦状態となっている現場に、大きく跳躍して乱入し――。


「悪魔式――『複合行使シンセシス』」


 視界に映る敵全てを氷漬けにする。

 魔法省の捜査官も、魔物も等しく氷塊に封じられて絶命していた。


 凍て付いた魔力が周囲を支配する。

 戦慄級の力に抗える者など、この場には誰一人として存在しない。


「氷翠、あそこにターゲットがッ!」


 壊廻が声を上げる。

 啓崇が選定した標的――悪魔式の贄となる登録魔女が、乱戦の中で仲間を守るように障壁を展開していた。

 黎明の杜と魔物から挟み撃ちにされながらも、障壁を上手く活かして耐え抜いている。


 これを狙わない理由はない。

 氷翠は『空間転移』で背後に回って手を突き出す。


「――標的確保」


 障壁の内側に現れた氷翠に対応できるはずもない。

 理不尽に首を掴み上げられ、少女が悲鳴を上げる。


「ひっ――だ、誰かっ!」


 助けを求めて周囲を見回す。

 だが、氷翠の反魔力によって障壁が掻き消えてしまった状況では――。


「う、うわあああッ!?」

「クソッ、魔物が……止められないッ」


 押し寄せる魔物に呑み込まれていき、逃げ出そうとした捜査官も黎明の杜によって殺されていく。

 命乞いをする者もいたが、彼らに恨みを抱いている三等市民たちに通用するはずがない。


「大人しく、その力を渡してもらうよ」


 氷翠の目が妖しく光る。

 足元の影から悍ましい闇色の魔力が溢れ出て、這うように少女の脚へ、さらに胴体へと上がっていく。


 魔女の根源となる『魔法』そのものを奪い、己の中に生み出した"器"に収容する。

 そうすることで儀式の糧が揃っていき、同時に氷翠は更なる力を得られる。


「うぁ……っ」


 溢れ出した闇が少女の体をまさぐり、侵食し――そして、奥底に眠る根源へ絡み付く。

 絶望も何も感じる余裕などない。

 意識が凍て付いた闇に囚われて、何も感じられなくなっていくのだ。


 そうして抵抗力が弱まったところで――。


「悪魔式――六十五」


 ズルリと『魔法』を引き抜いて、そのまま氷翠の影に呑み込まれた。

 魔法の強奪が成功したことを確認すると、氷翠は掴んでいた脱け殻を放り投げる。


 器が埋まったことによる充足感。

 魔力が高まって、より魔女として成長を遂げたことを実感する。


「今ならあいつだって殺せそうだ……っと」


 余計な思考を挟んでいる暇はない。

 目的は悪魔式を満たすことだけではなく、魔法省という体制側の治安維持組織を生中継されている前で打ち負かすことにある。


『――氷翠様、五十メートル前方にヘクセラ長官がいます』

「了解。人質に取ろう」


 混戦の中で離脱できなくなってしまったのだろう。

 氷翠は『空間転移』によって背後を取り――。


「――全員、動くな」


 ヘクセラの喉元に氷刃を突き付け、警告する。

File:『魔法障壁』


エーテルを操作することで身を守るための障壁を生成する能力。

強度や展開範囲は発動者のPCM値に依存する。

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