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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
165/315

165話

 ユーガスマの言葉が彼女にとって愉快に聞こえたらしい。

 絵空事を語る幼子を嘲るように、アグニはクスクスと嗤っている。


「――仇討ちの機会か。キミは面白いことを言うね」


 支配領域内に鉛のように重い魔力が展開される。

 並みの人間なら呼吸さえできなくなってしまうほどのプレッシャーを放っているというのに、彼女は未だ自然体でいた。


「ユーリが死亡したと……貴様が見せたあのデータは偽りだった」


 ジンが汚染エリア内に通信で呼び掛ける直前までは生きていた。

 もしそれが本当ならば"アグニが提示したバイタルデータは偽りだった"ということになってしまう。


 ユーガスマの突入を阻むための嘘だったのだ。

 端から彼の意思など尊重していない。


「ならば何故、突入を許した」


 封鎖範囲を拡大してまでユーガスマを突入させる意味はない。

 しかし、彼女がこうして現れたと言うことは――。


「キミは統一政府カリギュラの命令に背く危険因子。意に沿わないから"再教育"するだけだよ」

「その通り。今度はより強固に"調整"すべきだ」


 仮面を付けた議員がもう一人現れる。

 そちらに意識を向ける頃には、さらに次の一人が姿を現す。


 気付けば、ユーガスマは七人の一等市民に取り囲まれていた。


「完全に傀儡にしてしまうか?」

「駒としては優秀だ。自我は残すべきだろう」

「いっそ彼女に組み込んでしまえば――」


 彼らは"処罰"についてあれこれと話し合っている。

 人間を実験サンプル程度にしか思っていない。

 悪感情を抱きつつも、ユーガスマは迂闊な行動をせずに機を窺う。


「さて、 話し合いはさておき……執行官ユーガスマ・ヒガ。何か申し開きはあるかな? 辞世の句でもいいよ?」


 一等市民という社会的地位だけでなく、魔女としてもアグニは優れている。

 紛うこと無き強者だ。

 それ故に、弱者を弄ぶことを許されている。


 他の議員たちも同様に、ユーガスマを警戒しないほどの余裕を見せている。

 既に勝利を確信しているようだった。


 彼らの安い挑発には乗らず、ユーガスマは静かに拳を構えるのみ。


「もう少し喚いてくれてもいいのに。こんな状況でも、案外冷静みたいだ」


 そんなはずはない。

 爆発しそうなほど膨れ上がった殺気を、その強靭な精神力で無理矢理に抑え込んでいるだけだ。

 本当ならば、今にもその首をへし折ってやりたいと思っていた。


 しかし――。


「――全然楽しめないじゃないか」


 気付けば背後を取られ、さらに首筋に注射針を添えられていた。

 何らかの薬剤が詰められているようで――本能がそれを拒絶して激しく警鐘を鳴らしていた。


「……そんなものを使って何をするつもりだ」

「どうしてか分からないけど、今のキミは洗脳が解けかかっているようだからね。今度は一切の疑問を抱けないくらい思考を"調整"させてもらうよ」


 まるで、以前から洗脳されていたかのような物言いだった。

 もし事実であるならば――得体の知れない悍ましさを感じ、ユーガスマは戦慄く。


 でも……と、アグニは続ける。


「それだとつまらないから、一回だけチャンスをあげよう」


 注射針を首筋から離して距離を取る。

 仕切り直すように咳払いをして、愉快そうに説明する。


「データを計測するのに付き合ってもらいたいんだ。大丈夫、難しいことじゃない」


 アグニが手で合図をすると、議員たちが距離を取るように後方に下がる。

 どうやら、この場を彼女一人に任せるつもりらしい。


「随分と自信があるようだな?」

「自信だなんて不確定な要素を語るつもりはないよ。勝敗は既に決まっていて、それを確認するだけなんだ」


 ただ最終チェックを行うだけ。

 戦いと呼べるようなものは期待しておらず、それでも万が一があるならば……と、その程度の事でしかない。


「さて、そういうわけだか――」


 言い終わる前にユーガスマが動き出す。

 多くの無法魔女アウトローを沈めてきた執行官の本気。

 一切の油断をせず、魔力を全開にしてアグニを殺そうと試みる。


「ちょっと、説明は最後まで聞いてくれないと」

「問答無用ッ――」


 距離を詰め、鉄槌の如き拳打を放つ。

 近接戦闘には絶対的な自信を持っていたが、体を左右に揺らしながらアグニが躱す。


 それだけではない。


「――確かに、最強の肩書きを持つだけのことはあるみたいだ」


 繰り出された拳を素手で受け止め、アグニは感心したように頷く。


 どうやら常識離れした頑丈さを持っているようだ。

 直撃しても有効打にならない状況に、ユーガスマはどうしたものかと思案する。


 何らかの手段を用いて防御しているのだろう。

 それ自体が彼女の魔法だとは思えないが、それでもESSシールドに似た性質の障壁を纏っているのは確かだ。


 問題は、それを発生させているエネルギー源が見当たらないことだった。

 アグニ自身が魔法を使っている素振りは見られない。

 障壁を生み出している装置らしきものもない。


 冷静に観察しつつ、再び拳を構える。

 今できることはただ一つ。

 アグニの防御を突破するために、全力で魔力を練り上げ――。


「破ッ――」


 腹部に掌底を打ち込み、爆ぜるように魔力が押し出される。

 直撃すれば戦慄級の魔物さえ致命打となる技だが――。


「あはっ――思ってたより効くなぁ」


 気持ち良さそうに声を漏らし、アグニが笑みを浮かべる。


 全力の一撃を真正面から受け止めたはずだったが手応えは鈍い。

 並みの相手であれば木っ端微塵に消し飛ぶような威力でも、彼女を数メートル後退させるだけに留まった。

 当然ながら障壁も健在だ。


 ユーガスマの額を汗が伝う。

 現状では有効な攻撃手段がない。

 彼女が"勝敗は既に決まっている"と言ったのも嘘ではないのだろう。


「侮るな……ッ!」


 瞬時に距離を詰め、貫手で腹部を穿とうとする。

 魔力を纏った手は如何なる刃物より鋭く、分厚い金属板さえ切り裂けるほど。


 しかし――。


「無効化領域を展開」

《――管理者権限を確認。承認されました》


 手に纏った魔力が消失する。

 慣性によって即座に離脱することも叶わない。


 先程までの戦いはお遊びに過ぎなかった。

 それを理解してしまい、ユーガスマは険しい顔でアグニを見詰める。


「いったい何をしたッ」

「"彼女"の力だよ。効果は覿面てきめんなようだね」


 いつの間にか、その手には再び注射器が握られていた。

 再び"調整"されてしまうのだろう……と、ユーガスマは僅かに抱いてしまった諦念を憎悪で振り払う。


「……この恨みは、決して忘れはせんぞ」

「はいはい。全部忘れて楽になってね」


 手を翳すと、特殊な魔力波が放出されてユーガスマの意識を飛ばす。

 力無く倒れ込んだ彼を抱き止めて、アグニは笑みを浮かべた。


「一通り、彼女の予測は当たっていたみたいだ」


 針を首筋に突き立て、一気に薬剤を注ぎ込もうとして――。


「こらーっ!」


 割って入るように、新たな災禍がC-5区画に降り立った。

File:トルメジスエチン剥薬


アグニが所持していた注射器の中身。

対魔物用の鎮静剤"エルバーム剥薬"に改良を加えたもの。

エルバーム剥薬の副作用として認知されていた精神汚染の原因となる成分"ジスエチン"を抽出。

専用の装置を用いてより汚染度の高い同位変列体"トルメジスエチン"に組み替えて再配合させたもの。

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[一言] ここで裏懺悔が登場、と? カオスですなぁ
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