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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
164/325

164話

――エスレペス北工業地域、C-5区画内部。


 封鎖途中の隔壁を取り壊し、突き進んだ先には。

 彼の想像を遥かに上回る凄惨な光景が広がっていた。


 区画内に住み着いていたであろう三等市民の死体が至るところに転がっている。

 どれも損傷が酷く、性別の見分けが困難なものも多いほど。

 アグニが言っていた情報の信憑性が増していた。


「……いや、違う」


 初めから疑ってなどいない。

 統一政府カリギュラから提示されるデータは、その情報源こそ不明だが正確なものだ。

 彼女が"死んだ"と言ったなら疑う点など一つもないはずだった。


 己の感情を優先した酷く愚かで利己的な行動。

 ホログラム上の文字列ではなく、ユーリが死んでいるという事実を自身の目で確認しなければ納得できない。


 ユーリが調査任務に赴いて汚染エリアに取り残されたと知った時点で。

 彼女の生死に関わらず、初めから統一政府カリギュラの意向に背くことは決まっていた。


 だが、アグニは一等市民として寛大さを見せた。

 ユーガスマの功績を高く評価した上で、本来であれば有り得ないような選択をしたのだ。


「こうも見誤るとは……随分と老いてしまったようだ」


 アグニ・グラは危険な人物だと。

 他者を弄んで楽しむような、それでいて無邪気な透徹した悪意を感じていた。


 己の観察眼には自信があったが、結果は想像していたものとは全く真逆だ。


 魔物を退けながら、ユーガスマは突き進んでいく。

 道中に不自然な監視装置を幾つも見かけたが、一つ一つ壊しているほど時間に猶予はない。


「黎明の杜は、なんと愚かなことを……ッ」


 怒りが込み上がってくる。

 やはりあの場で殺すべきだったと悔いるも、起きてしまった事は覆せない。

 今もモニター越しにエーテル公害による被害を眺めているのだろう。


「しかし……」


 このテロ行為を魔法省は予見できなかった。

 では、統一政府カリギュラも同じだったのだろうか……と、不意に疑問が浮かんできた。


 その思考を遮るように、端末から音声が流れる。


『誰か、誰か生存者はいないのかッ――』


 必死に男が問い掛けている。

 音声には雑音が酷く混ざっていて、交戦中であることは明白だった。


 ユーガスマは座標データを確認して駆け出す。

 彼の足ならば距離の問題はない。

 全速力で救援に向かい、到着する――そこには凶悪な魔物たちが一ヶ所に集まって、ただ一人の捜査官を取り囲んでいた。


 試作品のTWLMツウェルムを持っているとはいえ、捜査官一人で耐え凌げるような状況ではない。

 それでも辛うじて、ジンだけは生存していた。


「――よく耐えたッ」


 周囲の魔物は大罪級相当のものばかり。

 その環境下で孤軍奮闘してきたジンを称え、ユーガスマは魔物の殲滅を始めた。

 エーテル公害の元凶らしき魔物は見当たらないことは幸いだろう。


 掃討に時間は要せず、五分ほどで周囲の安全が確保された。


「特務部主任ユーガスマ・ヒガだ。貴官の名は?」

「都市警備課、捜査一班ジン・ミツルギです。救援、感謝します」


 生きも絶え絶えになりながらジンが頭を下げる。

 どうにか命を落とさずに済んだが、彼の表情は暗い。


「さて、ジン捜査官。捜査一班に所属していユーリ・ヒガの所在ついて聞きたい」

「ッ……申し訳ございません」


 深々と頭を下げたまま、固く目を瞑って体を震わせる。

 ユーガスマに恐怖を感じて怯えているわけではない。

 そういった感情も少なからず存在していたが、それ以上に己の無力さを悔いていた。


「私にもっと力があればッ……あの時、あと少しだけ持ち堪えられていたら、ユーリ捜査官は死なずに済んだはずなんです……ッ」


 ジンの"少しだけ"という言葉にユーガスマは目を見開く。

 何故だか嫌な予感がしていた。


「……待て。ユーリは、私が到着する直前まで生きていたと?」

「はい。ですがエーテル公害の影響で動けなくなってしまい、そのまま魔物に……」


 守りきれなかった事への後悔。

 捜査一班を任された身として、ジンは己を責めずにはいられなかった。


 エーテル公害の中で無理をして活動し続けていたのだ。

 体内は汚染され、身動きが取れなくなってしまったところで魔物に殺されてしまった。

 TWLMツウェルム適性の高いジンでさえ限界が近かったのだから、それでもよく耐えた方だろう。


「彼女は、ユーリ捜査官は最期に――」

「貴官は直ちに汚染エリアから撤退するように。これは命令だ」


 言葉を遮って、ユーガスマが後方を指差す。


「あちら側のルートは既に全ての危険を排除済みだ。行け」


 道を阻む魔物を全て殲滅してきたのだ。

 魔法省の陣営に向かうための最短ルートが抉じ開けられている。

 とはいえ、もたもたしていると時間の経過と共に塞がってしまうことだろう。


「貴方は……まさか、この場に残るおつもりですか!?」


 その言葉に返答はなく、ただ無言の圧のみがジンに向けられていた。

 特務部主任執行官――魔法省のナンバー2とも言うべき人物からの命令に、ただの捜査官である彼が逆らえるはずもない。


「……了解」


 彼が何を思ってこの場に残るのかジンには理解できない。

 有無を言わさぬ強烈な殺気に、ただ従うことしかできない。


 エーテル公害の真っ只中にあるC-5区画。

 弔うための亡骸さえ、魔物たちによって跡形もなく失われた。

 自分を一人で帰還させて何をするのか……そんな疑問を抱くも、答えを教えてもらえるはずもない。


 TWLMツウェルムを携えて、たった一人での離脱を開始する。

 彼の背が見えなくなった頃合いに、ユーガスマは静かに瞑目して呟いた。


「こうして仇討ちの機会を用意していただけるとは……やはり、議員様は寛大な方のようだ」


 異質な魔力が周囲を取り巻いている。

 エーテル公害によって乱れた環境下でさえ際立っている気配。

 これまで対峙したことのない悍ましい悪意。


 警戒しつつ、その内の一つに振り返ってみれば――。


「――あはっ」


 アグニ・グラが無邪気に嗤う。

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[一言] アグニは嘘をついて無い……けど
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