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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
162/313

162話

『――こちら捜査二班。各班、救援を願いたいッ』

『――捜査三班は壊滅した! くそ……こんなの聞いてないぞッ!』


 地獄のような光景が広がっていた。

 次々に魔物が溢れ出してきて、C-5区画の住民たちを襲っている。

 体力の落ちた三等市民たちでは逃げることもできない。


「捜査一班より各班。事前に打ち合わせた地点Bでの合流を提案する」


 幸いなことに、魔物の発生地点からジンたちのいる場所まで距離があった。

 他の班ほど魔物の襲撃が少ないため、エーテル公害の発生から立て直す時間を確保できていた。


 ユーリや他の捜査官たちも苦痛に慣れ――或いは感覚が麻痺してきたのか。

 いずれにせよ、辛うじて移動に耐えられる程度には持ち直していた。


『こちら捜査二班。周囲を包囲されていて移動は不可能だ』

『捜査三班了解! 合流次第救援に向かう、どうにか持ちこたえてくれ!』


 各班に試作TWLMツウェルムが支給されている。

 合流できたなら、外部から救援が来るまで耐えきれることだろう。


「捜査一班、移動を開始する。行くぞッ」


 ジンが先頭を駆け、三メートル後方を捜査官たちが追随する。

 主力である彼を援護する形で魔物を処理する陣形だ。


 弐式"ヒイロマトイ"――拳銃型のTWLMツウェルムは継戦能力に特化している。

 上級対魔武器と同等以上の威力で、さらに弾数に制限がない。

 

「百メートル前方、敵反応が多数!」

「強行突破するッ!」


 赤黒い敵影が蠢いている。

 地下深くでいったい何が起きていたのか、想像するのも恐ろしい外見の化け物ばかりだ。


「等級の高い魔物は俺が引き受ける。各自、接近する小型の排除を任せたッ!」


 ヒイロマトイの性能に命を預けるしかない。

 このTWLMツウェルムで対応できない敵が現れたなら全滅は免れないだろう。


 特務部の突入まで他の班は持ちこたえられないとジンは考えていた。

 救援を最優先し、その後は外部から助けが入るまで身を潜める。

 過酷な状況だが望みがないわけではない。


「ユーガスマ執行官が到着すれば、必ずこの状況を打破できるはずだ……ッ」


 過去に二度も大規模なエーテル公害を終わらせた男。

 彼ならば、この状況さえ打破できるだろう……と。



   ◆◇◆◇◆



 魔法省の緊急車両が到着し、召集された特務部の捜査官たちが現れる。


 非常事態に備え、日頃から特殊な戦闘訓練を積んできたエリート集団。

 そんな彼らを特務部の執行官たちが率いて、男の前に整列する。


「特務部総員、いつでも突入可能です」

「長官殿に判断を仰ぐ。合図があるまで各員待機せよ」

「了解」


 特務部主任――ユーガスマが部下たちをその場に待機させ、都市警備課の待機場所へ向かう。

 先に駆け付けたヘクセラ長官が捜査官たちに封鎖作業を命じたと伝達を受けていた。


「……この地で何が起きている」


 エスレペス周辺は、北工業地域の他にも様々な産業が密集する重要エリアだ。

 C-5区画でエーテル公害が発生したならば、封鎖作業を行っても他区画まで立ち入り禁止となってしまう。


 これほどの事態を魔法省が見落としていたとは信じ難い。

 自然発生という可能性は極めて低く、彼の推察では、この大災害は黎明の杜による企てだろうと確信していた。


 この近辺は黎明の杜による活動が最も盛んだ。

 拠点として用いるだけでなく、裏でこうした工作を行っていたのだろう。


――やはり、あの場でテロの指導者を仕留めるべきだった。


 後悔と同時に、それを阻んだ統一政府カリギュラ――接触してきたラプラスシステムへの疑念が強まる。

 それは全能の治安維持装置ではなく、何かしらの意図を持って動いている生命体。

 市民の安全が最優先されているわけではなかった。


「特務部主任ユーガスマ・ヒガだ。長官殿にお目通り願いたい」

「はっ!」


 都市警備課の捜査官に声をかけ、案内を任せる。

 そこには非常事態に駆け付けたヘクセラ長官と、もう一人――。


「ふむ、これは。貴官も出動要請が入ったのかね?」

「……フォンド博士がなぜここに?」


 その問いに、博士は肩を竦めて見せる。


「その質問には飽きた。後で長官殿から聞くといい」


 視線を向けると、ヘクセラは嘆息する。

 どうやら彼女もフォンド博士の扱いに困っているようだった。


「見ての通りの大惨事だ。ユーガスマ執行官にも徹夜で働いてもらうことになる」

「構わないが……区画を封鎖すると聞いた。市民の救助は終わったのか?」


 そう尋ねると、ヘクセラは気まずそうに視線を逸らす。


「……外部への被害を最小限に抑える必要がある。幸いなことに、発生源であるC-5区画は居住区指定がされていない」

統一政府カリギュラの判断というわけか」


 ユーガスマは反論するわけでもなく、しかし不愉快そうに眉を潜める。

 三等市民が住み着いていることを彼女が知らないはずがない。


相解あいわかった。犠牲を承知の上で、封鎖作業に取り組めと」


 非情な判断だが、外部にエーテル公害の影響が広がるよりマシだろう。

 たとえユーガスマが元凶となる魔物を仕留めたとしても、すぐにエーテル値が正常に戻るわけではないのだ。


 エスレペス北工業地域は全区画が放棄されることになる。

 それでも、周辺地域まで失うより遥かに被害を抑えられるだろう。


 だが、それだけではない。


統一政府カリギュラの命令で突入作戦は中止となっている。魔物の掃討は汚染対策が済んだ後になるが……」


 その先を言い淀んでしまう。

 魔法省の長官という立場にあっても、統一政府カリギュラの決定は覆すことができない。


「その程度のことで何を躊躇っている?」


 フォンド博士が呆れたように言う。

 情報伝達はスムーズに行わなければならない。


「執行官殿に教えて差し上げよう。現在、都市警備課の捜査官が三班ほどC-5区画に調査任務に赴いている」

「なんだと? そのような話は聞いていないが」


 視線を向けると、ヘクセラは酷く悩みながらもユーガスマに向き直った。

 この事を伝えずにいるのは不誠実が過ぎる。


「取り残された捜査官の中には、ユーガスマ執行官のお孫さんも――」


 その瞬間、強烈な殺気が辺りを支配する。

 エーテル公害の発生よりも、ユーガスマの方が遥かに脅威となりそうなほど。


「私にこのまま黙っていろと、長官はそう仰るおつもりか?」


 救援を優先していれば捜査官たちを救えるかもしれない。

 だというのに、これだけの数を揃えておいて、時間を無為にして外から眺めているだけ。


「私も突入すべきだと思うが、統一政府カリギュラの指示を無視するわけには……」

「ふむ、都合のいい愚物として据えられることが誉れか」


 フォンド博士がヘクセラを嘲るように嗤う。

 彼から見て、魔法省という組織は統一政府カリギュラの犬と同然だった。


「確かに都市警備課の通常戦力だけでは、今頃は無惨に死んでいることだろう」

「貴様は……ッ」


 憤るユーガスマに、フォンド博士が手のひらを向けて制止する。

 まだ彼の言いたいことは終わっていない。


「だが、執行官殿。今回は私が試作したTWLMツウェルムの実戦テストも兼ねている。まだ、孫娘の救助も間に合うかもしれん」


 独断で突入すれば助けられるかもしれない。

 統一政府カリギュラに対する命令違反を後押しするような発言だった。


「到底許される行為ではない。いかに執行官殿とはいえ、こればかりは処分の対象にもなるだろう」

「そうだ、ユーガスマ執行官。それは重大な違反行為になる」


 ヘクセラが考え直すように説得を試みるが、それを嘲笑うように――。


「――だが、なぜ許される必要がある? なぜ力を持つ者が思考停止する? 大切な孫娘の命がかかっているのだろう?」


 悪魔が囁いた。

File:封鎖作業


エーテル公害は周辺地域を徐々に蝕んでしまうため、反エーテル性隔壁によって拡散を防ぐ必要がある。

この対処が遅れてしまった場合、汚染区域の要封鎖エリアが拡大してしまう。

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