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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
161/325

161話

 魔物の発生源はC-5区画全域を封鎖するように円を描いていた。

 外部からの救援を阻むように魔物がひしめいて、その光景に駆け付けた捜査官たちは呆然と眺めることしかできなかった。


「……これも、黎明の杜が描いた筋書きか?」


 魔法省長官――ヘクセラ・アーティミスがエスレペスに到着して、現場を見て息を呑む。


 ただのカルト宗教だと侮っていたわけではない。

 統一政府カリギュラから直接指示が出されるほどの危険因子で、実際に登録魔女筆頭の徒花さえ破れた相手でもある。


 戦力という点で見れば、黎明の杜は中規模のシンジケートに匹敵するだろう。

 構成人数も多く、賛同者の中には無法魔女アウトローも含まれている。


 彼らが総力を結集させれば、魔法省の支部くらいなら制圧されてしまうかもしれない。

 それほどの緊張感を抱いていた。


 だが、それでも今回ばかりは想定を上回る事態だ。

 統一政府カリギュラから提供される情報でさえ、このエーテル公害は予測できていなかった。

 もしこれが意図的に発生させられたものならば、統一政府カリギュラの監視システムを欺くほどの"何か"を相手側が抱えているということになってしまう。


「こんなことが可能とは思えな――」

「――現に起きている事象さえ、信じられないほどか?」


 言葉を遮るように、白衣姿の男が現れる。

 その声を聞いてヘクセラは面倒そうに眉を潜めるも、男は気に留めずに続ける。


「確かに、直近のエーテル値推移に不自然な点は見当たらない。やや高いところで変動を続けているとはいえ、それらしき予兆もない」

「人為的に引き起こされたと?」

「その通りだ」


 ヘクセラを相手に対等に話す彼こそ、魔法工学の第一人者にして政府直属対魔機関CEMケムの最高責任者――グリムバーツ・アン・ディ・フォンド博士だった。


 魔法省とCEMケムのトップが同席するほどの事態など前例がなかった。

 その場に居合わせた捜査官たちも震えていたが、ヘクセラもまた、どこか怪訝な顔をして尋ねる。


「この非常事態だ。CEMケムの最高責任者殿の見識に頼りたくもあるが……そもそもなぜここに?」

「エーテル公害が人為的に引き起こされたとなれば、統一政府カリギュラの今後にも影響を及ぼしかねないだろう。発生に至るまでのプロセスを紐解いておく必要がある」


 それに……と、フォンド博士が続ける。


「これならば、試作したTWLMツウェルムのデータも十二分に取れるだろう。適応者たちの奮戦を祈るばかりだ」

「マッドサイエンティストめ……」


 政府のため研究のためと理由を付けているが、彼の本心は知的好奇心の探求のみにある。

 もし今回派遣されている捜査官が命を落としたところで気に留めないだろう。

 データの回収さえできればそれでいいと考えている。


 これから捜査官たちをエーテル公害の対処に駆り出さなければならない。

 その過酷な封鎖作業の光景も、彼からすれば興味深いデータの一つにすぎないのだろう。


 冷徹な理性の至るところから滲み出る狂気――だからこそ、フォンド博士とは相容れないと感じていた。


「話を戻すとしよう、ヘクセラ長官殿」

「まだ何か?」

「このエーテル公害について、君が望む見識とやらを提供しよう」


 フォンド博士は一歩前に踏み出して、C-5区画の地面から溢れ出すエーテルを見つめる。


「可視化されるほど高濃度のエーテルが噴き出している。直近のエーテル値推移を考慮するに、公害発生源と地表との間に静性メディ=アルミニウムを多量に含む層が挟まっていると推察可能だ」


 魔法物質の中でも、静性メディ=アルミニウムはエーテルの遮断性に優れた金属だった。

 エーテルを帯びた物質を輸送する際にケースとして使用する他、機密性の高い部屋を外部からスキャンされないように壁材として組み込む場合もある。


 エーテル公害が予見されなかったのは、多量の静性メディ=アルミニウム層が抑え込んでいたため。

 他にも様々な魔法物質の干渉が考えられるが、いずれにせよ魔法省の観測装置では発見できない状況にあった。

 そうなれば、居住区指定が得られない程度の数値で済んでいたのも頷ける。


「博士の言う通り、それで機密性が保たれるのは分かる。しかし、不明なのはこの規模のエーテル公害を人為的に引き起こしたことについてだろう」

「ふむ、その点についてだが……科学者の戯れ言でよければ、二つほど推論を述べよう」


 フォンド博士はC-5区画を一瞥して、ヘクセラに視線を戻す。


「一つ、エーテル公害の原因となるような遺物の類いを入手した。それを基にして地下深くに培養所を作ったならば、好きな時にボタン一つで解放することが可能だろう」

「コストを考慮しなければ現実的な話だが……それほどの技術が黎明の杜にあるとは考えられない」

「ヘクセラ長官殿の疑問は尤もだろう。これほどの規模で魔物を培養するなど前例がない。実現可能な科学者など、この私くらいだろう」


 自信過剰なわけではなく、実際にフォンド博士の発言は事実だ。

 彼から見て、他の科学者たちは遥か後方からのろのろとついてきているだけの愚図でしかない。


 確かに、フォンド博士ならエーテル公害を人為的に引き起こせるかもしれない。

 能力面だけでなく人格面でも……と、ヘクセラは思わず疑いの目を向けてしまう。


「ふむ、疑うのであれば私の研究所を調べるといい。気絶して頭を打たないように注意してくれたまえ」

「……いや、遠慮しておこう」


 気が狂ってしまうような研究成果が並べられていることは想像に難くない。

 特権を振りかざす一等市民たちの中でも、彼の趣味の悪さは際立っている。


「では、もう一つ。元々この場所にエーテル公害が発生する予兆があって、それを利用した……教祖とやらが掲げる"神託"という固有能力で探し当てたとすれば何ら不自然ではない」

「魔法省でさえ把握できない発生源を?」

「能力の性質による違いだろう。事象そのものを突き止める魔法省の観測システムとは異なり、彼女の魔法は……言うなれば、文献の一ページでも開くように出来事として見通せるのかもしれない」


 だからこそ"神託"などという言葉を使ったのだろう……と。

 世界の枠外に存在する超常の存在から"こんなことが起こる"と声を聞いたのであれば、広域に煌学スキャンをかけるような物理的な手法では得られない情報も得られるだろう。


「博士の推察通りかもしれない。教導主『啓崇』は原初の魔女から神託を受け取っていると信者に話しているらしい」

「……ふむ、それは」


 その話題に興味を抱いたようで、珍しく人間らしい表情の動きを見せる。

 魔法省の上層部以外では知ることのできない情報だ。

 どうやら彼には伝達されていなかったらしく、ヘクセラは迂闊な発言だったと自省する。


「人為的か否かは一先ず置いておくとして。ヘクセラ長官殿に一つ尋ねたい」


 フォンド博士の目付きが鋭くなる。

 苛立っているようにも、嗤っているようにも見える。


「君たちは本当に一切の手掛かりも得られず、このエーテル公害の発生を許してしまったというのか?」


 その問いにヘクセラは言葉を返せなかった。

 事実として黎明の杜は魔法省の捜査を欺いてみせた。

 でなければ、無様に黙って見過ごして後手に回るはずがない。


「ありとあらゆる可能性を排除せず想定していれば、この事態も予測できたのではないか?」


 嘲笑か侮蔑か、愉悦か失望か。

 彼の語り口からは感情が読み取れない。


「それは魔法省を……いや、私を咎めに来たのか?」


 ヘクセラが僅かに眉を寄せて言う。

 だが、その言葉は既に彼の耳に届いていないようだった。


 フォンド博士は空を見上げる。

 地面から噴き出したエーテルがオーロラのように空を覆っていた。

 感傷に浸るわけでもなく、しかし、その場にいない誰かに語りかけるように。


「これほどの事変を、統一政府カリギュラは……"彼女"は本当に気付けなかったというのか?」


 これほどのエーテル公害が、地下深くとはいえ観測されずに成長し続けていた。

 非常時には魔法省に情報提供を行う統一政府カリギュラでさえ、今回は見落としていたのだ。

 もし静性メディ=アルミニウムを始めとした魔法物質が、監視の目を掻い潜る手段になり得るとすれば――。


 肩の震えを抑えながら、小さな声で何かを呟いた。

File:煌学スキャン


魔法省が各地に設置している監視システム。

微弱なエーテル波を投射し、透過した物質の抵抗反応を数値化することで構造を把握する。

スキャン装置の動力中枢から放たれたエーテル波は、数値データを記憶した状態で観測機に到達し、本体にフィードバックする。

クロガネの『探知』も仕組みは同じ。

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