160話
『警告、エーテル値が急激に上昇しています――警告、エーテル値が急激に上昇しています――』
「なんだと……ッ!?」
大地が重い音を立てて軋み始める。
先程までの息苦しさが、今度は激しい頭痛や目眩に変化していく。
「あぁ、おれは救われた――」
男は満足そうに天を仰ぎ、崩落してきた教会の壁に押し潰された。
魔法省を欺くための囮役として、死を恐れずに任務を全うした男の死に様。
凄惨ながら安らかに。
清々しく、最後を迎え入れる姿に皆が戦慄く。
そうしている間にも自体は悪化していく。
周囲のエーテル値が爆発的に跳ね上がっていき、意識が飛びそうになるほどのノイズが思考を満たしていた。
『警告、エーテル値が危険域に到達しました――警告、エーテル値が――』
「クソ、どうなっているッ……!」
ジンが声を荒げて周囲を警戒する。
他の捜査官たちは急激なエーテル値の変化に順応できず踞っていた。
辛うじて、ユーリがふらつきながらも耐えていた。
「……ジンさん。私たちは、敵の罠にはめられたんでしょうか?」
「そうみたいだ。信じ難いが……前回の意趣返しのつもりなんだろう」
記者会見の襲撃を未然に防いだ時とは真逆だ。
相手の策に、魔法省の捜査が欺かれてしまったらしい。
「すぐに撤退すべきだが……厳しいな」
まともに動けるのはジン一人だ。
この場に置いて逃げることなど出来ない。
「通信も繋がりません。でも、この場で救援を待つのは……」
嫌な気配が地下深くから漂っていた。
経験したことのない強大なエーテルの気配……魔女でなくとも感じ取れるほど汚染が進んでいる。
――エーテル公害。
魔物の発生に伴って発生する煌物質汚染現象。
災害等級に応じて程度も変わってくるが、ほんの一瞬で動けなくなるほどの強度となれば答えは一つ。
「戦慄級相当の魔物が出てくるだろうな。他にも、大量に――」
地面が激しく揺れ始める。
周囲の建物が次々に倒壊していき、それでもさらに揺れが強まっていく。
まるで震源そのものが地表に迫ってきているようだった。
そして――。
「……ッ!」
C-5区画の至るところから、爆ぜるようにエーテルの嵐が吹き荒れる。
その中から凶悪な魔物が這い出して不気味に咆哮する。
「まさか、この区画の地下でエーテル公害が進行していたとでもいうのかッ……」
あまりにも数が多すぎる……と、ジンは険しい顔で周囲を警戒する。
魔物の発生場所自体は離れているようだが、ここが安全というわけではない。
一分と経たずに魔物たちが押し寄せてくることだろう。
ユーリからアタッシュケースを受け取り、ジンが電子ロックのパネルに指を触れさせる。
「都市警備課捜査一班ジン・ミツルギ。TWLM使用の許可を要請する」
『システムに確認中――承認されました』
ロックが解除され、TWLMが解放される。
「弐式――"ヒイロマトイ"」
魔女の力を宿した『携行型-体組織変異兵器』――その性能は、素材となった者の能力をベースとしている。
エクリプ・シスを埋め込んだ煌回路と繋ぐことで、出力は元の魔女を上回るほどに向上していた。
ジンに与えられたTWLMは拳銃型だった。
それを手にした瞬間――。
「これは……ッ」
ジンの体から赤い魔力が溢れ出す。
前回支給された物よりも高い出力を感じられる。
「体に少し違和感がある……が、以前の試作品よりも能力を引き出せているらしいな」
魔法省は各班に一人ずつTWLM適性の高い者を選定していた。
その理由がこれか……と、ジンは納得する。
以前の試作品である壱式"ヤミイロカガチ"の時点では、適性よりも汎用性を重視していた。
そのため強力な対魔武器という括りから離れられなかったが、今回の弐式"ヒイロマトイ"は違うらしい。
TWLMと使用者の間にパスが作られることで自在に能力を行使する。
それこそが、CEMの最高責任者――グリムバーツ・アン・ディ・フォンド博士が生み出した狂作だった。
「これなら……救援まで持ちこたえられるッ」
ジンは気合いを入れ直し、仲間たちを庇うように立つ。
これほど大規模なエーテル公害を魔法省が放置するはずがない。
すぐに執行官が派遣されることだろう……と。
File:弐式"ヒイロマトイ"
フォンド博士が調整を行っている『携行型-体組織変異兵器』の一つ。
使用者との間にパスを作り出すことで性能を向上させるが、適応率の高い者にしか使用できなくなってしまった。
実戦における負荷データを収集するため今回の作戦に導入された。