158話
この世界には三種類の人間がいる。
一つは、自由を謳歌する一等市民。
閉鎖的な特権階級として、社会を管理して弱者を弄ぶ。
一つは、そんな社会を享受する二等市民。
日々の生活を過ごす上で不自由はなく、何か変革を齎すわけでもない。
「躊躇うことはない。全員敵なんだ」
社会の片隅に追いやられた三等市民たち。
従属を拒み自由を奪われた無法魔女。
残された一つには、彼ら彼女らのような虐げられし者たちが当てはまる。
「味方にならないのなら殺すしかない。でないと、いずれ敵対することになる」
そう呟いて、氷翠は深呼吸をする。
C-2区画の中で最も高いビルの屋上――その手摺に背を預け、冷えた風を浴びて思考を落ち着かせる。
――ボタン一つで大勢が死ぬことになる。
ヴァルマンから手渡されたセキュリティカード。
これを使って、彼女は居住区に魔物を解き放とうとしている。
武力行使で訴えかけるのだ。
私たちは決して統一政府に 屈しない、自由を勝ち取るのだと。
様々な媒体で取り上げられるであろう大事件に、大切なメッセージを添えて。
――"what's your meaning?"
存在意義を問う。
貴方は何故生きているのか。
何を思って生活しているのか。
こんな世界に、大人しく従ったままでいいのかと。
「……私がやらないといけない」
すべての責任を背負って先頭に立ち、勇敢に声を上げる。
何よりも重い立場に立つことを、他でもない自分自身が選択したのだ。
抵抗がないわけではない。
この反乱によって罪の無い人々が命を落とすことになる。
そうして残された者たちは、きっと黎明の杜を糾弾するだろう。
向けられる憎悪も全て受け止めた上で、この反乱を成功させなければならない。
完全な勝利を得なければならない。
「……ッ」
そのために、多くの命を奪ってきた。
身に纏う凍てついた魔力のように、心を凍らせて。
味方にならなかった無法魔女の中にも、同様の苦しみを抱えてきた者もいたはずだ。
引き入れられなかったのは、統一政府に対して勝機がないと思われてしまったからだろうか。
『吠えるだけなら犬でもできる。何も結果を残せないのであれば――』
ユーガスマの言葉を思い出し、氷翠は焦燥に駆られる。
己の力不足が原因で大切な仲間を失ってしまった。
あまりにも格が違いすぎる。
黎明の杜が総力を挙げたとして、それでも勝利のイメージが浮かばないほど。
もし『身体強化』を事前に得ていたとしても結果は変わらなかったかもしれない。
たとえ啓崇の『天啓』があったとしても、それが絶対的なものではないと思い知らされてしまった。
彼女の能力に頼りすぎていた己の未熟さを恥じて、もう二度と同じ過ちを犯さないようにと言い聞かせる。
成せる限りを尽くせ。
失態は許されない。
これ以上、仲間を失うわけにはいかない。
「……私はどうすればいい」
氷翠は自分に問い掛ける。
胸元に手を添えると、心臓の近くに埋め込まれた"コア"がドクンと脈打つ。
その内側では"悪魔の遺物"が次の供物を待ちわびているのだろう。
「氷翠、痛むの……?」
考え事をしすぎていたせいか、壊廻が到着したことに気付けなかった。
心配そうに顔を覗き込む彼女に「大丈夫」と返事をする。
「色々と考えてただけだよ。今は安定しているから心配しないで」
気丈に振る舞って見せるも、体の不調は隠しきれない。
特に、いつも自分を見てくれている仲間には。
メディ・プラント施術――強大なエーテルを宿す遺物を埋め込まれたことで、氷翠は後天的に魔女として目覚めた。
それ以前の記憶は全て失われていて、自分が何者かも分からない。
彼女の人生は、悪夢のような人体実験を受け続ける日々から始まっている。
「……騒ぎを起こせば登録魔女も派遣される。街の混乱に乗じて、順番に潰していこう」
「あ、そういえば。啓崇からエスレペス周辺の魔法省支部に所属している魔女の情報を貰ってきたの」
壊廻はリストを取り出して、警戒すべき魔女を何人か挙げる。
登録魔女の中にも等級の高い魔女は存在する。
その筆頭である戦慄級の徒花を倒したとはいえ、魔法省の保有戦力を考えるとほんの一端でしかない。
大半の魔女は抵抗は無意味だと悟って魔法省に従っているのだから。
「ヴァルマンも監視が増えて身動きが取りづらくなってる。大々的な支援を受けられるのはここまでになるかもしれない」
これが大きな分岐点になる……と、氷翠は拳を握りしめる。
大規模な魔物の発生。
駆け付けた魔法省の捜査官たちは、魔物だけでなく黎明の杜によって次々に狩られていく。
その惨状を報道ヘリに中継させて、自分達のメッセージを伝えるのだ。
――この理不尽な社会は"破壊できる"のだと。
「勝機が見えなければ賛同者は増やせない。ここで……私たちが、本気で世界を変えようとしていることを見せつけるんだ」
「氷翠……」
本当に世界を変えられるかもしれない。
そんな強い熱量を持つ氷翠の傍らで壊廻は目を潤ませる。
「私も、氷翠の"召魔律"が完成できるように頑張るから」
「……ありがとう」
残りの器を埋めるための何よりも重要な一手となる。
作戦開始まで、二人はエスレペスの街を見下ろしながら過ごしていた。
File:召魔律-page1
黎明の杜が最終目標として掲げる儀式。
集めた悪魔式を用いて強大な力を持つ存在を呼び出す魔法。




